恋の仕方なんて、もう、忘れた










ぱちり、と目が覚めた。
目の前には見慣れた殺風景な部屋。
あぁ、そっか・・・
目覚めたばかりで軋む身体を無理矢理起こす。真っ白いシーツに独りぼっち。
どこからかシャワーの音がするから、部屋の主は今、そこにいるんだろう。
ゆっくりと身体を伸ばす。
所々に鬱血や歯形があるものの、これと言った痛みはない。以前まで悩まされていた
腰の鈍痛も、今はもうあまり感じられない。向こうの手加減を覚えたし、俺も力を抜く
術を知った。情けない話だが、抱かれることに慣れてきてしまった。今日だって気を
失う位抱かれたけれど、たぶん、今出動要請を受けても出れるくらいの体力は残ってる。
一人残されたベッドで何もする事が無くて、再びぼすん、と横たわった。
情事後だというのにシーツが若干汗で湿ってはいるものの、特有の青臭さやベタつきはない。

「汚されるの、嫌なんで」

如何にも几帳面で潔癖っぽい相棒は、自分だけじゃなく相手にもゴムの着用を要請した。
確かにセーフティセックスには必要だが、別に俺は着ける必要ないだろ?と言えば
そう返された。まぁ確かに女と違って、男はそこさえカバーすれば、あとは汗程度で
済むだろう。
スマートに、カッコよく。
それを信条としているあいつに、どろどろになるセックスは理解できないんだろうな。
でも、俺はそれが有り難かった。
ヘタに大事にされたり、愛してるとか言われたりしないのが、正直、楽だった。

恋の仕方なんて、もう、随分昔に、忘れてしまった

昔は色々頑張ったりもしたが、たった一人の運命の人に出会って、激しかった恋心が
いつしか穏やかな愛情へと変わっていった。娘も産まれ、温かく柔らかい愛情というものが
常に心を占めていて、いつしか恋というものが眩しい過去のものへと姿を変えていった。
何にも代えられないこの愛情の為なら、それ以外の人に対する恋心などいくらでも捨てられた。
いや、恋心など芽生える隙もなかった。
そうやって生きてきたのに・・・

ある日突然、一人の青年が目の前に現れた。

年も、性格も、ポリシーも、何もかもが異なっていて、相反する自分達はよく衝突して
いがみ合っていた。
イライラしたり、もどかしかったり、常に相手の前では本音でぶつかる関係。それが
いつしか、当たり前の心地良い存在に変わっていた。
そんなある日だった。

「抱いてもいいですか?」

昼食、一緒に食べにいきませんか?みたいな軽いノリで誘われて、つい、頷いてしまった。
断ることが、逆に変な感じがしたから。男相手は初めてだったが、抵抗もなく、すとん、と
何か不思議に納得できるような感情が落ちてきたんだ。
向こうも男相手は初めてなんだろうな、むしろ、女性自体も少ないんだろうな、と分かる
仕草に、ふと愛おしさを感じることすらあった。
そして、情事後、いっさいこちらを見ることもなくシャワーに向かったその後ろ姿を見て
何故か寂しさを感じた。

あぁ、そっか、身体だけの関係だもんな。

そう自分を納得させても、胸のざわつきが消えなかった。
じゃあ逆にピロートークでもして始終くっついてるか?と考えてみたが、そんなことを
するような関係じゃない。
じゃあ、これでいいんだよな、と思っても、どこか胸のあたりのざわつきが消えなかった。
女性相手にそれはないぜって、忠告してみようか?
だが、余計なお節介は結構ですよ、って一掃されるのがオチだ。
広いベッドに一人、色んなことを考えて、自分を納得させて、それでも消えない胸の
ざわつきに戸惑っていた。

今もまだ、その胸のざわつきは消えない。

視界の端に、ピンク色の物体が見えた。他のヒーロー達からプレゼントされたピンクの
ウサギのぬいぐるみだ。
ブルーローズから個別のプレゼントを勧められたが、結局形のないポイントにした。
その前はプレゼントは俺!なんて言っていたが、要は形のないものを渡したかった。
だって、形あるものだったら、へこんでしまうじゃないか、俺が。
ドライな相棒は、たぶん目の前で堂々と捨てることはしないだろう、だが、お世辞で
飾るようなこともしない。今みたいに部屋に来て、俺がプレゼントしたものが見当たら
なかったら、きっと俺はへこむだろう。今みたいに、このウサギちゃんがあるのに
俺のプレゼントがなかったら。
だから、プレゼントは形のないものにしたかった。

タオル生地の肌触りの良いぬいぐるみは、俺の方が気に入っていて、泊まりに来る度に
抱き枕にして眠っていた。
朝になって嫌そうな顔されて、消臭剤吹きかけられたっても、相変わらず抱き枕にする。
もう、意地になってるのかもしれない。
ウサギの、ふに、とした唇の刺繍を指でなぞる。
自分からキスをしたことはない。身体を求めたことはない。情事の最中、その背を
抱きしめたことはない。
たった一度、熱に浮かされて、肩に手を触れた時だった。

パシッ――

熱が、一瞬にして冷めるのがわかった。驚いた表情で手を払いのけたバニーちゃんの
表情が今にも泣き出しそうで、逆にこっちの方がバツが悪くなった。

そうだもんな、お前は、そんなもん求めてないよな

振り払われた手で、シーツを握りしめる。もう、二度と触れてしまわないように。
何か言いたげな表情のバニーに笑いかける。

「ごめんな」

震えたのは声だけじゃなかった。心もまた、震えていた。

それ以来、受け止めることはあっても、自分から求めることはしなくなった。
バニーちゃんが求めるときに、拒否することなく、求めることもなく、縋ることもなく。
ただ、淡々と受け入れる。興味のないフリをして、でも二度と拒まれないように。

「お前は可愛いな」

ふわふわと笑っているぬいぐるみの口に小さくキスをする。抱きしめたって、
キスしたって、このバニーちゃんは拒まない。彼がこのぬいぐるみだったら
よかったのに。だが、拒絶されてもいいから、ぬいぐるみの柔らかさより
彼の温もりが欲しかった。

「俺は、お前のこと、好き・・・なのかもしれない、な」

ぬいぐるみは何も答えず、ただ、笑っている。

「お前になら、何でも言えるのにな」

答えてくれなくていい、ただ、この行き場のない感情を吐き出すことを許して欲しかった。
ぎゅっと、ぬいぐるみを抱きしめる。抱き返してくれなくてもいい。
情事後の不安定な気持ちを宥めてくれるなら、このベッドの広さに寂しさを感じなくて
いいなら、ぬいぐるみでもなんでもよかった。

芽生えてしまった感情の名前を知っている。
何度も何度も経験したというのに、どうしていつもこんなに悩み苦しむんだろう。
あの頃の自分は、大人になればその感情にも慣れて、苦しむことなんて無いと思ってたのに
未だにたった一つの感情に振り回されている。大人になったのに。

でも、もうとっくの昔に、恋の仕方なんて、忘れたんだ。

だから、気付かれる前に、そっと消してしまおう。
相棒は俺のこんな感情、必要としていない。アイツが求めてるのは、性欲の捌け口だった。
俺のこんな惨めな恋心は存在してはいけないんだから。
だが、もう、自分の感情をどうすることもできなかった。
久しぶりに目頭が熱くなるのが分かった。

「オジサン、あれほど人のぬいぐるみ抱き枕にするのやめてくださいって言ってるじゃないですか」

突然、背後から声を掛けられ、はらり、と一滴の滴が頬を伝う。

「いいじゃねぇか、ぬいぐるみなんだし」

咄嗟にヌイグルミに頬を寄せ、柔らかなタオル生地に涙を吸わせる。この、胸を渦まく感情も
一緒に吸い取ってくれたらいいのに。

「僕のです、返してください」

隠すものが消えて、思わず俯いてしまう。涙を気付かれたくなかった。

「オジサン?」

怪訝そうにこちらを伺うバニーの視線を、俯いたままかわす。

「俺も、シャワー浴びてくっかな」

背を向けて、スタスタとシャワールームへ向かう。
シャワーのお湯に、涙も感情も、溶けて流れてしまえばいいのに。





恋の仕方なんて、知りたくないんだ











2011.05.30 しゅう

おじさんだから、恋をするのが怖いんです。