パンツとシーツとマーキング
遠くからジリリリリ・・・と耳に慣れた音がする。
あぁ、ベルが鳴ってる。
そう理解すると同時に、意識がはっきりと覚醒した。
鏑木・T・虎徹、寝起きの良さが自慢です。
ベッドヘッドで未だ元気に鳴るベルを止めて、気が付いた。
今日、オフじゃねーか。
ついつい、いつもの癖でベルをセットしてしまっていたんだろう。惜しいことをした。
あぐらのまま、ゆっくりと背を伸ばす。固まっていた筋肉が、細胞が、一つ一つ丁寧に
じっくりと伸びていく感じが分かる。限界まで伸びて3秒間、ふっと力を抜けば身体も
きちんと目覚めた。
さて、と・・・
隣を見れば、あの耳に響くベルの中でも目覚めなかった恋人が未だスヤスヤと気持ち
よさそうに眠っている。パン一で。まぁ俺も同じ格好だが。世の中の女子はバニーの
パン一には格好いいだのセクシーだのキャーキャー喜ぶくせに、俺のパン一は絶対
「おっさんクサい」だの「だらしない」だのブーイングの嵐なんだろうな。あぁ、無情。
朝日の中で、上半身裸でスヤスヤ眠るバニーちゃんは確かに画になる。惚れた弱み
ではない。本当のことだ。
そっと髪に触れるが、起きる気配はまったくない。
昨日は無理させちまったもんな。
・・・?
訂正、昨日は「俺が」無理「させられた」もんな、だよな、この場合。
童貞感が抜けないバニーちゃんをリードしてやったら、そのまま調子扱いて2Rも追加された。
確実に被害者俺だよな?
腰が鈍く響くが、起きあがるのに支障はない。
ベッドから降りたところで、昨日どうしてオフだというのにベルをセットしたのか思い出した。
明日楓が遊びに来るからだ。
多分外で会うにしても、万が一部屋にあげることがあった場合、今足下に転がるアルコールの
空き瓶の片付けと、自分の汗だけが染み込んでるんだったらまだしも、二人分の汗と教育上
宜しくない色んなものが染み込んでるシーツを洗っておかなければならない。
鏑木・T・虎徹、まだまだ娘・楓に「パパ臭い汚い」なんて言われてません、言われたくありません。
ならば、早速行動に移るまでだ。
予報通り、外は気持ちいいほどの晴天。まずはベッドシーツからだ。
「バニーちゃん!オラ、起きろ!!」
反応なし。
「バニーちゃーん、起きてー!」
またも反応なし。
「バニバニバニーちゃーん!パンツ脱がすぞコラ!」
パンツに手を掛けたら、俺の手を掴んできた。よし、反応ありだ。
「バニーちゃん、グッモーニン」
そういって何度か小さく口付ければ、最初は無反応だったものの、そのうちに応えて
くれるようになった。
「オラ!いい加減目ぇ覚ませ!!」
掴まれていた手を引いて無理矢理上体を起こせば、やっと目を開けた。
「・・・おはようございます・・・」
「おう、おはようさん!」
何でも完璧、スマートにカッコよくを信条にしているバニーことバーナビー・ブルックスJr.
寝起きの悪さはピカイチです。
「・・・なんでそんなに朝から元気なんですか・・・年だからって朝早過ぎなんですけど」
「なんつった?」
「何でもありません」
未だ意識半分夢の中のバニーちゃん。パン一で頭ボリボリ掻く姿は間違っても女性ファンに
見せるんじゃないぞ。ギャップ萌えとかいう域を凌駕して幻滅される。
「朝から掃除する予定だったんだよ、それをお前が邪魔しやがって・・・」
「・・・・・・・・・もう1発ヤっとけばよかった・・・」
「あぁん?」
ふざけんな!と言うより先に今度はこっちが腕を引かれ、ベッドに倒れ込んでしまった。
慌てて手を着いたおかげで、ベッドのスプリングが一度大きく沈んだものの、バニーに
ぶつかることは防げた。
「僕、朝一でセックスって未経験なんですよね」
そういって、今度は向こうが俺のパンツに手を掛けてきたから、慌てて身を起こした。
「寝ぼけてねーで、さっさとシャワー浴びてこい!」
「寝ぼけてません」
「なおのこと悪いわ!」
骨盤下までずり下ろされたパンツを勢いよく引き上げ、ベッドから降りる。未だベッドの
上でもだもだしてるバニーに苛ついて、勢いよくシーツを剥いだ。もちろん、バニーごと。
ごろん、どさっ
「何するんですか!」
「言うこと聞かない子に優しくする必要はありません!」
睨みつけてくるのも無視して、剥がしたシーツを丸めてまとめる。ついでに枕カバーも
剥がした。
「オラ、行くぞ!」
未だ座り込んでいるバニーの手を取り、無理矢理立ち上がらせた。その背を押して
脱衣所へ。バニーはたった一枚の衣類を脱いでシャワーに、俺は手に持ったシーツを
ランドリーにつっこんで、洗濯ボタンを押した。
ザアアア、とシャワーの音が聞こえる。
よし、シャワー浴びれば目を覚ますだろう。
バニーが自宅に泊まるようになってしばらく経つ。
普段の姿からは想像できない寝起きの悪さに驚いたのは最初だけで、数回見るうちに
シャワーさえ浴びればちゃんと目が覚めるのを知った。
だが、未だに風呂場につれてくのに手を焼いてしまう。この前なんて風呂場に押し込んだ
つもりが、自分まで頭からシャワーを浴びせ掛けられ、そのまま一発ヤられた。
そうでなくても、寝ぼけてるバニーは本能に忠実で、すぐにヤりたがる。
・・・要するに、隙をみせればヤられる、ということだ。
朝一セックスが未経験と言ってるのも時間の問題だろう。覚悟しておけ、俺。
さてと、今度こそ・・・
バニーちゃんのシャワーは長い。たぶん、今から朝食を作っても冷めるだろう。
ならば先に床に転がった空き缶空き瓶を片付けるか。
・・・っていうか俺の方が先にシャワー浴びるべきだったんじゃねぇか?
だが、これから掃除すべき箇所をリストアップしたらその考えは吹き飛んだ。
・・・朝から大仕事だな、こりゃ。
そこら辺にあったTシャツを着て、ポリ袋片手に、床に落ちた空き缶を腰を屈めて拾い
上げていく。案の定、腰に響く鈍痛に昨日のことを後悔した。
だが、楓が来る日は前から決まってたし、掃除をため込んでいたのも自分だ。ついでに
バニーの誘いを断れなかったのも自分。結局、自分が悪いのだ。文句を言うべき相手は
自分。バニーじゃない。
床に転がっていた缶が次々と消えていく。そしてシャワーの音が止んだ。そろそろか。
作業の手を止め、キッチンに向かう。朝飯程度なら俺でも作れる。といってもパンを
トースターに突っ込んで、ベーコンエッグ焼くぐらいだが。毎回その朝食を出す度に
バニーちゃんの「野菜食え」というお小言を食らう羽目になるが俺から言わせたら
食わせてもらえるだけでもありがたいと思え、だ。
そんなことを思っていたら、バニーちゃんがリビングにやってきた。
「僕の服どこですか?」
「ソファーの上」
「なんでこんなとこに・・・」
「お前覚えてねぇのかよ?」
「覚えてますよ、玄関で盛ってきたオジサンがソファーの上でヤろうとしたから、僕が
宥めてベッドに移動したんでしょう」
「主語が逆、主語が」
「そうでしたっけ」
「若年性認知症って言葉知ってるか?」
「犯人の顔すら覚えられないオジサンに言われたくありませんね」
口を開くといつもこうだ。おかげでオジサン口喧嘩のレベルがアップしたかもしれない。
嬉しくないけど。
最後のジャケットを羽織る頃には目玉焼きがいい感じに焼き上がってきた。トースターと
目玉焼きを皿に乗せてリビングに運ぶ。着替え終わったバニーがそれを受け取って机に
並べた。コーヒーは・・・インスタントでいいか。
二人並んで朝食を食べる。二人とも無言で。それでいい。食事中まで喧嘩する必要はない。
「ごちそーさん」
さっさと飯を終えて、食器を流しに移す。もうそろそろ洗濯物も終わるだろうか。
「バニーちゃん、お前この後どうする?」
「帰りますよ」
「あっそ」
ヤるだけヤったら朝帰りかよ、とは思わない。むしろ残られても困るだけだ。
元々デートなんかするような関係じゃないし、外出すればバニーちゃんのファンに囲まれて
もまれてしんどい思いをするだけだ。お互いのプライベートもある。
だから、ヤるだけヤったら帰ってもらった方が俺も気が楽だった。
「じゃあ」
一応玄関まで見送る。
おぉ、と返すと後ろ髪引かれることもなくバニーちゃんは扉を閉めて帰っていった。
と、同時に洗濯機から終了のメロディが鳴る。さて、俺も残りの掃除を片していくか。
本日も晴天なり、と言いたくなるくらい真っ青な青空の元、まっさらに洗い上がった
シーツと枕カバーを干す。今度は溜まっていた服を洗濯に掛ける。作業途中だった
空き缶拾いも終わり、久々に掃除機もかけた。干せないベッドマットと枕は消臭剤を
吹きかけて殺菌消毒する。再びリビングに戻り、今度は流しに溜まった洗い物をこなす。
毎日ちまちま掃除してればいいんだが、やっぱりこうやって一気に片付けた方が
やった気がするのは俺だけだろうか?
『パパ、ちゃんとご飯食べてる?洗濯してる?』
電話越しの愛娘の言葉を思い出す。心配だな、とちょっと寂しげな声で話すその声に
ごめんな、と思うと同時に愛おしさを感じる。
優しくて気立てが良くて、いいお嫁さんになるな。嫁に出したくはないが、楓の幸せを
望むなら仕方のないことだ。
そんな風にぼんやりと考えていれば、再び洗濯終了のメロディが鳴る。
無心で洗濯物を干し、ひと段落着いた頃には最初に干したシーツが乾いていた。
それほどまでに今日はいい天気だ。
真っ白なシーツを取り込んで、ベッドメイクに取りかかる。大雑把な性格だが、シーツは
パリっとしてた方がいい。いつもより真剣に、丁寧にシーツを掛け、皺を伸ばすとシーツの
端を折っていった。
「よし!」
我ながら感心するほどのベッドメイク。思ったより時間も体力も要したこの大掃除。
後は洗濯物が乾くのを待って取り込むまでだ。
それまでに汗だくになった自分も綺麗にになければ。
なんとなく、まだ自分にまとわりつくバニーの残り香を感じて、ちょっとだけ胸が
締め付けられるような感覚がした。
俺も意外と乙女だな。
シャワーを浴び終え、髪を乾かしていると、フワフワと全身を包む眠気を感じた。
そういえば、昨日は夜まで喘がされたし、今朝も早かった。オマケに朝から肉体労働してる。
ここはやっぱり昼寝するに限るな。
完全に髪を乾かし、下はパンツ、上はTシャツと朝と同じ格好でベッドにダイブした。
せっかく楓がくるから清潔にしたばかりのシーツで寝る、というのに一瞬躊躇したが
自分も綺麗さっぱり洗い立てだ。臭いが付くことはないだろう。
ほんの数時間前まで、自分だけじゃなく、バニーちゃんの汗も香りも染み込んでいた
シーツは、今は洗剤のすずらんの香りだぜ?
おまけに金髪(アイツ下まで金髪だぜ)一本落ちていないこの真っ白さ。これで楓に
浮気を疑われることはない。娘からの信用は大事だ。
うつ伏せのまま、枕に顔を埋める。ここしばらく、連日のようにバニーちゃんが泊まりに
くるから、一人で寝るのに違和感を感じた。
だが、その違和感は睡魔の前では一瞬で消え去ってしまった。
「オジサン、起きてください」
「・・・んぁ」
揺すぶられて目を覚ませば、今朝出ていった顔が目の前にあった。
「バニーちゃん?」
「バーナビーです」
「何で?」
「洗濯もの干しっぱなしでしたよ」
「今何時?」
「夜の8時です」
その言葉に一気に意識が覚醒し、ガバっと身を起こした。
ちょっとした昼寝のつもりが、ざっと6時間近く眠っていたのだ。
なんとなく、ちょっと、後悔。
いや、仕事は全部片していたのだから問題はないのだが・・・
「しまった!洗濯物!」
「僕が畳んでおきました」
「おぉ、サンキュー・・・ってお前いつの間に家に入ってんだ?」
合い鍵なんて渡した覚えないし、そもそも起きて玄関を開けに行った記憶もない。
「さっき、朝出かけたときに合い鍵作ってきたんで」
「・・・バニー君、不法侵入という罪状を知ってるかい?」
「えぇ、六法全書は過去一度目を通しているので」
「そうかい、それは安心したよ」
もういい、疲れた。そうだ俺は疲れてるんだ。反論する気力ももうない。
ぐったりとベッドに横たわれば、バニーが覆い被さってきた。
首筋にチュッチュッと可愛らしくキスしてくるが、今は小憎たらしさ満載だ。
「今日はもうしねーぞ」
「ベッドメイクしてパンツ姿で寝てたんで、てっきり誘ってるのかと」
「Tシャツ着てるだろ」
「脱がす楽しみをとっておいてくれたのかと思って」
もういい。今夜も俺は美味しく召し上がられるんだろう。
だが、俺にも譲れないものはある。
「明日楓が部屋に来るかもしれないのに、せっかくシーツ洗ったんだから青臭くすんなよ!」
「じゃあ僕の部屋へどうぞ」
そう言うとバニーちゃんがまるでお姫様を起こすような仕草で俺を起こしてきた。
本当にむず痒いくらいにキザな野郎だ。
「あと一つ、明日は楓とデートなんだからな!その分の体力ぐらい確保させろよ」
「いざとなったら僕が楓さんとデートしてきてあげますよ」
「・・・ぶっ殺す!」
さっさと身支度を整え、もう一度ベッドメイクする。この洗い立てのシーツもバニーの
匂いが染み着くのは時間の問題だ。
「一人寝が寂しいからって不法侵入すんなよ」
「オジサンこそ寂しかったんじゃないですか?寝言で僕の名前呼んでましたよ」
「マジで!?」
「嘘です」
「てめぇ、こんにゃろぉ・・・」
だったら逆に、バニーのベッドに俺の匂いが染み着くまで愛し合ってやろうじゃないか。
嫌がったってやってやる!
そう考えると、少しだけ楽しくなってきた。
2011.05.26 しゅう
おっさんとDTの癖にイチイチ可愛いんだよ!!