なんで、アナタみたいな人を好きになってしまったんだろう



そんなこと考える方が無駄だった。満潮時の砂浜のように、気づけば先ほどまで砂で
汚れていた足があっというまに海水にどっぷり浸かっているようなものだ。
音もなく気付かないほどで、でも瞬く間に浸食されている。そしてびしょ濡れになって
しまった靴を見つめて後悔するんだ。


なんで


と。本当に、何でこの人なんだろう。
既婚者子持ち、同性で年は随分上で、仕事の先輩でパートナーで今期ポイント0の
古くさくて無駄に熱くてお節介で役立たずで、さらに言えば互いに相手のことを苦手だと
思っている。
こんな状態で、相手を好きになる要素なんて何もないのに、気付けば好きになっていた。
絶望しか感じないこの愛情を、誰に打ち明けることなく、静かに自分の中にしまうことにした。





「どうしたバニーちゃん、ぼんやりして」

その声にハッと意識を取り戻した。
上からざあざあと熱いシャワーが降って視界が湯気で白く曇っていた。

「おーい!どうした?逆上せたのか?」

そういって先ほどから声をかけてきているパートナーの虎徹だった。
いつのまに、シャワーブースに入ってきたんだろう。気配に気付かなかったほど、自分の
意識は別のところにあった。

「何の用ですか?」
「さっきからずっと言ってんだろう!ボディソープ貸してくれって!」

どうぞ、とブースのパーテーション越しに自分の物を差し出す。火照った指先に彼の
少し冷たい指先が触れる。

ほんの一瞬。
ほんの一瞬、指先が触れ合っただけだった。

だが、自分にとっては十分すぎるほどの刺激だった。
先ほどまで自分の意識を奪っていたのは、頭の中で熱く乱れる虎徹の存在。
そしてそんな状態から現実に引き戻したのは、生身の虎徹の声と指先の体温。
それで十分だった。
自分の身体が発熱しそうになるのを感じて慌ててHOTからCOLDに切り替える。
それまで降り注いでいた熱い雨が、一気に冷たい物へと変わった。
視界をぼやけさせる湯気も、熱を持つ肉体も、行きすぎた妄想する思考も急激に冷やされ
徐々にクリアになってきた。
隣のブースで、自分と同じように裸になって、自分と同じボディソープで体を洗う先輩は
今夜僕のオカズにされるなんて考えもしないだろう。
犯人逮捕の後はいつもこうだ。相手がいるわけでもないのに、種の保存という生殖本能に
よって一人で寂しく処理しなければならない。
相手にしたい人間はオジサンしかいなくてでもそんなこと言ったらバカにされるだけだし
ヤれるだけの関係の人間がいれば・・・とも思うが、他のヒーローとは違って自分は本名で
活動している。
下手に問題を起こされるくらいだったら、結局一人で処理している方が楽だった。

「バニーちゃんってば、おい!」
「何ですか、聞こえてますよ」

またしても、ボンヤリしていたらしい。
もう心身ともに早くこの熱を解放する術を求めているらしい。

「返すぜ、サンキューな」

パーテーションを行き来するボディソープを、今度は触れ合わないように慎重に受け取った。
つもりだった。



ボディソープを受け取った手を、手首から捕まれてしまった。

「なっ!?」
「お前・・・身体冷えきってるじゃねぇか!そのくせ顔は真っ赤だ。本当にお前体調悪いんじゃ・・・」
「ほっといてください!」

先ほどとは逆で、今や冷えきった手首に感じる彼の手の熱さ。

「つったって、さっきも身体熱かったし、シャワー浴びてて大丈夫なのかよ?」
「だから、僕に構わないでください!」
「そんなわけいかねぇよ!俺は相棒なんだからな」

こんな不毛なやりとりさっさと終わらせたいのに、先輩は納得していない様子だ。
本来ならさっさとシャワーブースを出て、会話を切り上げられるのに、それができない。
何故なら既に身体の中心に熱が集まって、どうにも収まらない状態だからだ。
触れてしまったせいで、一瞬で先ほど思い描いていた頭の中のオジサンの痴態が甦って
しまったから。出ようにも出ならない。
だから、さっさとオジサンがブースを出ていってくれるのを待つしかない。
ざあざあと降り注ぐ冷水で身体が冷えて震えているのに、自身は熱を持ったままだ。

「なーるほどね」
「っ!?覗かないでください!」

慌てて振り返れば、パーテーションを越えてこちらのブースに身を乗り出していたのだ。
慌てて近くにあったタオルを手に、腰回りを隠すが居たたまれない。幸いにも勃起した
原因は気付くわけないだろうが、それを当の本人に見られてしまったんだ。
どうしようもなく顔に熱が集中するのが分かった。

「若いなぁ」
「放っといて下さい!悪趣味!」
「っるせーな。いいよなぁ、お前みたいなイケメンは!相手に困らなくてよ」

あーあぁ、どうせヤりまくってんだろ、とこちらの苦労を知ることもなく勝手な妄想して
悪態つくオジサンにじわじわと怒りがこみ上げてくる。

「何言ってるんですか。僕はヒーローですよ。女性問題なんて以ての外です」
「じゃあお前も一人でヌいてんのか?」
「そうですよ、って言ったらオジサン、僕のしゃぶってくれるんですか?」

思わず口をついてしまった返答に、オジサンは一瞬固まるも、何か考えるようなそぶりを
見せた。ついイラ立ってしまったとはいえ、いくら何でもその返し方はないだろう。
慌てて訂正しようとするよりも先に、オジサンがブースを出た。

よかった。先に出ていってくれた。

さっきのやりとりでいつの間にかに自身の熱は収まっていたが、まだ身体の芯が熱で
くすぶっている感じがする。さっさと抜いて、それからシャワーブースを出れば多分
オジサンもロッカールームを出てるだろう。
そう考え、腰に巻いていたタオルを外し、再びシャワーコックをCOLDからHOTに
変えようとしたとき、後ろの扉が開くのが分かった。
振り返って、それがオジサンだと分かって驚いた一瞬の隙を突かれ、タオルで腕を
縛られる。
何をするんですか、と言い終わると同時に視界を別のタオルで塞がれた。



「シーッ」



耳元に、小さく吐息が漏れるようなその声で制止され、思考がパニックになる。
そして数秒も経たないうちに自身が熱い咥内に包まれて、完全に思考停止した。





ハンドレッドパワーが再び使えるようになるまで、多分あと20分以上かかる。
それまで能力を使うことはできない。
濡れて堅く縛られたタオルは思った以上に拘束力が強く、ジタバタともがいていても
外れることはない。さらに、男の急所であり性感帯であるそこを今念入りに舌と手で
愛撫されている。力が出るはずもない。

「なん、で・・・」

先ほどまで降り注いでいたシャワーは止み、このブースに響く音は今行われている
卑猥な行為の音だ。
自分の荒い息と、じゅぽじゅぽとしゃぶる音、その合間で僅かに聞こえるオジサンの
吐息がいやらしくて興奮する自分がいる。

「・・・目隠し・・・外、して・・・くだ・・・い・・・」
「ダメだ。お前、萎えちまうだろ」

男がしゃぶってる画をみたら萎えると思っているんだろう。確かにそうだ。
だが、相手がアナタ以外だったら、の話だ。
いつもアナタにこうしてもらうことを想像して、もっと酷く厭らしいことを考えて
二人愛を囁き合うことを願っていたんです。

・・・そんなことを今伝えてしまえば、引かれるのは目に見えている。
だったら自分の感情を押し殺して、後にも先にもない、このたった一回の時間を楽しむだけだ。
もうずっと臨戦状態だったのと、念願の相手からのフェラということで、いつも以上に
感度が高い。それだけでなく、オジサンの口淫は痒いところに手が届くように、的確で
でも時折じらすような仕草も混ざって、あっと言う間に限界が近づく。

「っも!・・・無、理・・・・・・放、して・・・」

縛られた腕で何とか抵抗しようとしても、オジサンはそれをかわし、より一層深く
喉の奥まで咥えこみ強く吸い上げる。強烈な感覚にあがらうこともできずにオジサンの
口の中で射精してしまった。
口を放すことなく、むしろ最後の一滴まで搾り取るように、唇で柔らかくシゴかれ
吸い上げられる。今まで経験したこと無いような強烈な口淫を受けて、やっと口を
放されたと同時にヘたりこんでしまった。
力の入らない身体とは裏腹に、自身は強烈な愛撫のせいで、1回出したというのに
未だに元気だ。

「バニーちゃん、若いねぇ」

もう、反論する気にもなれない。早く拘束を外して出ていって欲しかった。
なのに、オジサンはいつもそんな簡単な願いすら叶えてくれない。

「ちょっと待ってろよ・・・」

そういうと再び性器を握られぬちぬちと擦られる。唾液で濡れた性器から発せられる
水音と、別のくちゅくちゅという音が聞こえるが、視界を奪われた今、それが何の
音なのか判別することができなかった。
先ほどとは違い、敏感なところを外し、硬度を維持する程度の手淫は思考を奪うことなく
徐々に落ち着きを取り戻してきた。

何で、この人はこんなに巧いんだろう。

人生経験の差・・・といっても、ノンケであるこの人が、他人のイチモツをしゃぶること
なんてあるんだろうか?しかも性感帯を的確に押さえ、緩急をつけるそのテクニックは
どこで身につけたんだろう。
自分の想像の中ではうぶなオジサンが、現実ではそんなそぶりを見せなかったことに
戸惑いを感じる。

「もう、いいかな・・・」

耳元で囁かれ、ハッと我に返る。

「いいか・・・アニエスでもいい、この前の美人な記者でもいい。
とにかく、今お前の前にいるのは俺じゃない、お前の好みの女だ。いいな」

何を突然・・・と考えるより先に、再び性器が熱いものに包まれる感覚に襲われた。

「っは・・・うぁ・・・」

しかもさっきとは比べられないほどに熱く、ねっとりと絡んでくる。
その中をゆっくりと突き進む感覚はあまりにも強烈すぎて、思わず頭を降って耐え凌ぐ。
どこまで飲み込むんだろうと恐怖を感じるくらい、根本までずっぷりと飲み込みそして
何かが腰に当たる。
適度な堅さを柔らかさを持ったその物体は紛れもなく、オジサンの臀部だった。
咥え込んで一息すると、臀部が離れていくのが分かる。ぬるぬると引き抜かれる感覚
そして先端が抜けるかどうかのぎりぎりで、再び中を突き進む感覚に思わず声が
漏れそうになった。自分の意志ではなく、オジサンの自由に腰を振られる。
オジサンの呼吸にあわせてじわじわと締め付けられる。与えられる強烈な快感に
ただ、泣きたくなってきた。

「タオ、ル・・・外し、て、下さい!」
「ダ、メだ、萎え、ちまう・・・だろ」
「アナタがいい!アナタが見たいんです!」

一瞬、腰の動きが止まった。そして数秒後、そっと視界を覆っていたタオルが外された。
それまでいた暗闇から、眩しいほどのシャワーブースの照明に思わず目をしかめる。
ぼやけた視界が徐々にクリアになって、目の前のオジサンに焦点を合わせた。
こんな状況に不釣り合いな、困ったような、でもとても優しい笑顔でこちらを見ていて
タオルをとったことを、ちょっとだけ後悔した。拘束されている腕で、オジサンの顎を
掴んでキスをする。触れた唇は、思った以上に柔らかかった。

「手首の拘束も外してください」
「ヤだね」
「何で!?」
「俺が与えてやりたいんだよ」

そういって嬉しそうに笑うから、反論することもできずにオジサンの痴態を眺めながら
がむしゃらに腰を振った。





「初めて・・・じゃ、ないでしょ」

やっと拘束を外された手首を軽く振ってみる。タオルのおかげで痛みも痕もない。
夢だったんじゃないか、とも思ってみるが、思ってる以上に軽くなった身体が現実だと
伝えてくる。

「まぁなー、昔ちょっと・・・」
「ちょっとって?」
「まぁ、スポンサーだったり、賠償先の相手だったり・・・って言わせんなよ」

そういって罰が悪そうに視線を外すと、さっさと先ほどまで自分がいた隣のブースに
戻ってしまった。
たぶん、前の会社は小さい企業だったから、スポンサー探しや賠償金額の支払いは
厳しいものだったんだろう。
その解決策として、会社の目玉であるヒーローで文字通り身体で稼がせたのか。
今の今まで、同性や既婚者という壁を越えられず、距離をおいて感情を悟られないように
嫌われないように、と努力してきたのに、この人はとうの昔にすでに他の男に抱かれていたのだ。

「お前も素顔さらしてると色々大変だろ?
俺のこと気にしなくていいから、溜まってんだったら使えよ、俺のこと」

指先が触れ、時折屈託のない笑顔を見せられ胸が高まってしまい、抱きしめたくなる
衝動を必死で押さえ込み、悪態をついて一人情けなく慰めているというのに・・・。
この人はこんなにも簡単に抱かれるのだ。

馬鹿、みたいだ・・・

こんなにも愛していて、想っていて、でも隠していたというのに、この人はこの行為を
只の性欲処理としか思っていないんだろう。
もっと普段から好きだとか言っていれば、この行為に愛情が加わるのか?無理だ。
普段から互いに嫌っていて口を開けばいがみ合う関係なのに、それを今更どうやって
変えろっていうんだ。
様々な壁が立ちはだかり、愛にもならず、仕事と身体だけの関係。
確かにドライだが、求めていたものはそんなものではない。
もっと、ちゃんと、優しくて、暖かくて、柔らかくて、上手く言えないけれど
大切に守りたいものだったのに・・・

「・・・嫌いだ」
「おぅ、俺みたいな奴に惚れたって何の得にもなんねぇって」



そういって笑うオジサンの笑顔が決定打だった。



「アンタなんか・・・嫌い、だ・・・」





好きになることを許してくれないアンタも、嫌いになれない自分も、大嫌いだ。










哀しくなるほど、あなたを愛してる











2011.05.24 しゅう

割り切れたほうが楽なのに、って分かってるけどそう出来ないのが若さです。