「あ!」
「え?」
「溜まってるぞ」

突然何を言い出したかと思うと虎徹さんが手に持っていたカードをずずいとこちらに
向けてきた。

「溜まってる!ポイント!」

そう言って差し出されたポイントカードは、この店のコーヒー豆を買った時に記録
されるカード。中身はいつ、どの豆を、どんな挽き具合で挽いたか、そして購入額に
より押印されるポイントが表示されている。
そして、虎徹さんに指さされた箇所を確認してみれば、確かにポイントが溜まっていた。
いつの間にこんなに溜まったんだ?
履歴を見れば二ヶ月にも満たない内に、いつも飲んでいるコーヒーが無料になる位の
ポイントが溜まっていた。

「おめでとう!結構早い内に溜まったな」
「ありがとうございます」

虎徹さんと知り合ってから、それまではインスタントで済ませていたのに、虎徹さんの
おすすめの豆をわざわざ買うようになってしまった。道具も虎徹さんが勧める手頃な
値段のものを一通り揃えたし、ドリップ方法も自分で調べてみた。
最近になってだがインスタントとの香りや味の違いも分かるようになってきたし、
インスタントには戻ろうとは思わなくなった。
それくらい、虎徹さんにも惹かれたけど、コーヒーというものに改めて惹かれ始めている。

「どうする?今日は新しい豆買ったばっかだし、次来たときに交換でいいか?」
「そうですね、当分持つので今買ってしまうと酸化しますし」
「そだな、一応有効期限はまだ先だし、次に買うときはホットが飲みたくなるから違う
豆選んだ方がいいかも」

そう言って虎徹さんがカードに今日の日付と豆の情報を書き込んでいく。今日買った
豆は、虎徹さんがアイスコーヒーに最適だと言って勧めてくれたイタリアンロースト。
酸味より苦みの強いものが好きな僕にとっては確かにいいチョイスだった。だけど
ホットで飲むのはちょっと違うらしい。このままこの豆にするか、ホットとで飲む
ことを考えて違う豆にするか、それともせっかく無料と言うことで今まで飲んだことの
ない豆にチャレンジしてみるか。
その時また虎徹さんに相談かな、と自然に思ってしまう自分が恥ずかしい。
僕のコーヒー生活には常に虎徹さんの存在が当たり前になっていていた。

「ほい、じゃあカードは袋に一緒に入れておいたから」

豆とカードの入った紙袋を受け取る。このまま食事に誘ってもいいかな、と思った
そのときだった。

「バニー今度時間空いてる?」
「えぇ・・・明日、明後日なら空いてますが」

先に向こうから誘われて驚いてしまう。虎徹さんから誘われることは滅多になかったから。

「じゃあ、バニーのポイントが溜まった記念におじさん家で美味しいコーヒー淹れて
やろうか?」

イタズラっぽく笑う虎徹さんに、僕は何度恋に落ちただろうか。










Beans Card










初めて訪れた虎徹さんの部屋はやっぱり大雑把な彼の性格通り、床に若干・・・若干?
酒瓶が転がっているものの、落ち着いた色合いの部屋になっている。殺風景なことも
なく、人がちゃんと生活しているという感じがちゃんと伝わってきて、なんとなく
リラックスできる部屋だ。ソファーに一人座って、虎徹さんが淹れてくれる食後の
コーヒーを待つ。

「今日の店も美味かったなぁ」
「えぇ、会社の上司から勧められた店だったんですけど、値段も良心的でしたし、
味もよかったですよね」
「そうだな。バニーちゃんの似合う店っていったらおじさんお財布苦しくあるけど、
でも案外バニーちゃんがああいう店知っててくれて助かるよ」
「そんな・・・」

だが、確かに自分の会社は割と給料がいい方だ。業種というのもあるが、それに見合う
以上の額をもらっている。それに対し、虎徹さんは一コーヒーショップのバリスタだ。
しかも奥さんは亡くなっていて、実家に娘さんを預かってもらっていて毎月仕送りして
いるそうだ。それを考えると、確かに高い店は選べない。奢りますよ、と前に提案した
こともあったが、それに対し虎徹さんは首を横に振った。
奢って貰ったら、せっかく客と店員の関係から友達になれたのに、気不味くなるだろ?
だから、それ以降常に割り勘だ。せっかく友人に昇格出来たのに、早く恋人になりたい
からって見栄張って無理矢理奢って関係を崩すくらいなら、時間がかかっても割り勘でも
友人でい続ける方を選ぶ。

「待たせたな」

そう言って虎徹さんがマグを二つ手に持ってソファーに戻ってきた。そのマグを受け
取った瞬間、あることに気付く。

「僕と・・・同じ豆?」
「そ、同じ豆使って同じ挽き方してるぜ」
「でも香りが全然違う・・・」
「まずは一口飲んでみな」

勧められるままに一口コーヒーを口に含む。同じ豆を使っているはずなのに、苦みが
全然違う。味も濃い。飲み込んだ後の鼻に抜ける香りもいつもより強い。
驚きのままに、一口、また一口と飲み続ける。まだ慣れないものの、そこそこ上手く
コーヒーを淹れているつもりだったが、やはりバリスタが淹れるコーヒーに比べると
足下にも及ばない。

「すごい美味しいです・・・」
「だろ?やっぱりプロですから」

嬉しそうに笑いながら虎徹さんもコーヒーを飲む。その横顔は実年齢に比べて随分と
幼く、まるでテストの点数を褒められた子供のようにキラキラしてて嬉しそうだった。
本当にこの人が分からない。
普段仕事してるときは陽気で常に笑顔を絶やさなくて、客に親しまれてる。だけど、
二人で食事に行ったりすると、時折物憂げな表情や大人の余裕を見せてきて、いかに
自分が子供か思い知らされたりする。そのくせ、今みたいに子供みたいに無邪気に
喜んだりするから、本当に目が離せない。

「どうしたらこんな風に美味しいコーヒーが淹れられるんですか?」
「んー内緒」
「いいじゃないですか、教えてくれたって。それとも客に教えたら店に来なくなるとか
思ってるんですか?」
「それもある」
「それもっていうと・・・他にもあるんですか?」

んー、と悩むようなポーズをして、おじさんは少しだけ声のトーンを落として言った。

「だって、教えたらバニーちゃんを家に誘う口実無くなるだろ?」

ほら!今もこうやって僕を振り回す!膝抱えて、目線落として少し照れた風な表情
見せて!そうやって何度も人の気持ち揺さぶって!本当信じられない!!

「じゃあ僕は美味しいコーヒー飲もうと思ったら虎徹さんのお店かお家にお邪魔しないと
飲めないんですね」
「そうしてくれると助かるかな」

だから何でそんな嬉しそうに笑うんですか!?おかしいでしょ!

「そう言うこと・・・誰にでも言うのやめた方がいいと思いますけど?」
「?バニーちゃんにしかこんなこと言わないぜ?」
「ほら、またそういう事言う・・・」

「本当にバニーちゃんだけなんだけどな。ダメだな、何言っても信じてもらえないとか・・・」

しまった!?やってしまった!
虎徹さんがさっきまで笑っていたのに、今度はぎゅっと膝を抱えて拗ねてしまった。
気まずい沈黙が続く。それまで美味しいと感じてたコーヒーが途端に苦いだけの泥水に
変わってしまう。

「その・・・ごめんなさい。ついこの前まで客だった人間をこんな風に自宅に招いてもらえた
から・・・その・・・」

震える手を誤魔化すためにマグを机の上に置いた。

「もしかしたら・・・誰でもそんな風に優しくしてるのかなって」
「いっとくけど!」

虎徹さんもまたマグを机の上に置いて、まっすぐこちらを見つめてきた。

「客と一緒に飯食いに行ったり、ましてやこの部屋に人招いたの初めてなんだからな!」

ビシィと指さされて宣言された。その勢いに飲まれて、こちらもその手首を掴むと
自分の胸に虎徹さんを抱き寄せ、そのまま強く抱き締める。

「あの!虎徹さん!」

普段隣に並んだときにだけふわりと感じるコーヒーの香りが、ぐっと強くなった。

「僕、虎徹さんのことが・・・!?」



言い終わるより先に、コーヒーで濡れた唇に塞がれてしまった。
















































2011.09.05 しゅう

策略家おじさんが書いてみたかったので。