夏の午後8時、キッチンにて










「虎徹さん、グラス気を付けてください」
「大丈夫だって」
「そう言ってこの前割って指怪我したの誰ですか」
「・・・」

大の大人が二人並んでキッチンに立っている。片や元ヒーロー、片や現KOHが
オリエンタルタウンの一般的民家で並んで洗い物をしているのだ。

「そういやさ、今日の夕飯どうだった?」
「美味しかったですよ」
「や、そうじゃなくて、お前好みの味はあったか?」
「えぇ、どれも美味しかったです。特にブロッコリーのやつが」
「あぁ、ブロッコリーのアリオリオ」
「そんな名前なんですか?」
「そ、舌噛みそうだろ」
「アリオリオ・・・平気ですよ」
「うっわ英語圏の人間だからってムッカつく。舌噛め舌」
「噛めと言われて噛めるものじゃありません。・・・アリオリオ、でしたっけ?美味し
かったですよ、ニンニクが効いててブロッコリーの歯ごたえもあって」
「だろ?あれ下茹でせずに直接炒めるのがポイントなんだよ」
「そうなんですか。・・・今日は全体的にイタリアンな味付けでしたよね」
「まぁな」

そう、今晩の夕飯はレモンを効かせたチキンソテー、パルメザンチーズとパセリを
あえたペンネ、ラタトゥイユにトマトときゅうりのサラダとブロッコリーのアリオリオ。
どれもお父さんの自信作の品ばかり。
だけど、我が家の食卓は普段は和食だ。おばあちゃんが亡くなった今でも、お父さんと
私で交代制で食事を作るけど、基本は和食。それは私自身おばあちゃんに教えて
もらったのが和食だと言うことと、お父さんが私の慣れ親しんだ味のご飯を作った方が
いいだろう、ということ。そんな訳で普段は庭の家庭菜園で穫れた野菜中心の質素な和食。
だが、彼が来たときだけそうじゃなくなる。
そう、バーナビー・ブルックス・jrが来たときだ。
二年前、シュテルンビルトで大きな事件が起こり、お父さんがそれに巻き込まれた。
ヒーローだったお父さんが辞表を出すために一時街に戻ったはずが、いつの間にか
殺人犯に仕立てあげられてしまったのだ。バーナビーさんも記憶を改竄され、父を
大事な人を殺した犯人だと思って攻撃してきた。最終的には記憶を取り戻し、真犯人の
アポロンメディアの社長を逮捕した。これでお父さんの無罪は証明できたし、家に
帰ってきてくれる。めでたしめでたし。そうなるはずだった。
だけど、ボロボロになって入院した病室に、彼はやってきたのだ。自分もまた父と
同様に患者衣を身にまとい、点滴をしたまま、片手に大きな薔薇の花束を抱えて。
その花束が私宛だったらどんなに幸せだっただろうか。だが、その花束は一緒にいた
私ではなく、ベッドに横たわっていたお父さんに捧げられた。

「結婚してください!」

彼はいたって真面目な顔で、娘の私がいるのも構わず、真っ直ぐにお父さんを見つめて
そう宣言した。

「ずっと傍にいて下さい!虎徹さん、あなたのことを愛してます。楓ちゃんのことも
大切にします。だから、僕の傍でずっと支えて下さい」

私はびっくりして、でもお父さんを見ると、少しだけ困ったような表情を見せる
けど、すごく穏やかで優しい表情をしていた。これは、お父さんは分かってたんだ、
バーナビーさんがいつかプロポーズしてくることを。だから私みたいに驚かないんだ。
女の勘が、そう教えてくれた。
だから、お父さんが何か言おうとした瞬間、私がそれを遮った。

「ダメです!」
「「?!」」
「お父さんは、私たちの家に帰ってくれるって約束してくれました!・・・お父さんは
今までずっと約束破ってきたから・・・今度こそ守ってもらいます!」
「楓・・・」
「楓ちゃん・・・。必ず週末はそちらに帰る。それじゃダメかな?」
「ダメです!一緒に帰るって約束したんです!お父さんを・・・私のお父さんを取らないで!」

地団太を踏む勢いでそう言い切れば、さすがにバーナビーさんも黙ってしまう。お父さんを
見れば、私とバーナビーさんを交互に見ていた。

「わかった。でも、僕も虎徹さんに・・・お父さんに傍にいて欲しいんだ」

私にも分かっていた。バーナビーさんのファンだった私には、彼の生い立ちがどんなに
孤独との戦いだったのか。私の場合、お父さんは生きているけど、両親が傍にいない
寂しさが。だから、妥協案を提示することにした。


「・・・分かりました。だったら・・・」



そんなわけで、休日だけバーナビーさんが我が家にやってくることになった。
バーナビーさんの愛が本物かどうか確かめさせて下さい。お父さんは連れて帰ります。
会いたかったら休日に我が家に来て下さい。三年間、遠距離でも続いたら私も認めます。
それでいいですか?
それが、私がバーナビーさんに突きつけた条件だった。そして今、バーナビーさんは
その条件の通り、休暇の度に我が家に泊まりに来てる。普段は、深夜電話で話す程度だが、
多ければ周一のペースで、忙しいと二ヶ月に一度の割合で遊びに来ている。

バニーは箸使うの苦手だからな。

そう言ってお父さんはバーナビーさんが来るときだけ、普段の和食ではなく、彼
好みのイタリアン系とか洋食とかそういった食事を作るのだ。じゃあもしもお父さんと
バーナビーさんが結婚して、私たちと一緒に住むことになったら私、家で和食食べれ
なくなっちゃうよ、とこの前言ったことがある。そしたら、お父さんが、じゃあお前が
結婚許してくれるようになったら、バニーが来ても和食出して、箸の特訓させるかな、
と返してきた。
結局、お父さんはバーナビーさんに甘いんだ。



「イタリアン系は美味いんだけど、ニンニク臭くなるのがなー、問題なんだよな」
「いいんじゃないですか、みんな一緒に食べたんですし」
「そっか、まぁそうかな」

そう言うと、バーナビーさんがお父さんの唇を奪った。洗い物で手が泡まみれで
抵抗できないことをいいことに。

「ほら、僕も虎徹さんも気にならない」
「お前なー」

お父さんは相変わらず困ったような少し嬉しそうな声で叱る。バーナビーさんも
悪びれるフリもせず、二度目のキスを仕掛けた。

「ごほん」

ワザと嘘くさい咳払いをしてやれば、面白いくらいに二人が後ろに飛び退いだ。
ちょっといい気味。

「ど、どうした楓」

お父さん、声裏返るならキスしなきゃいいのに。ごめん、されなきゃいいのに、だね。

「お父さん、すいかあったよね、食べたい」
「いいぞ、じゃあちょっと休憩するか」

二人で残りの食器を片付けてすいかを切り分けると、三人テーブルを囲んで甘い
すいかを食べる。

「ねぇバーナビーさん、今回はいつまでいられるの?」
「有給が溜まったので、三日間ほど泊まれます。迷惑かな?」
「ふーん」

しゃくしゃくとすいかをかじれば、どんどんと甘い汁が口いっぱいに広がっていく。
甘いすいか、お父さん、憧れだった人バーナビーさん。多分、きっと幸せな時間なんだろう。

「おとーさーん」
「何だ?」
「明日は洋食じゃなくて、いつも通りの和食が食べたい」

その答えに、お父さんが驚いたような表情を見せた。
そりゃさっきのキスシーン見せつけられたら観念するしかないでしょ。

「いいのか?」
「いいよ、むしろ煮物が食べたい。あとおひたしも」
「明日もバニーいるんだぞ?」
「だから何?バーナビーさんにお箸使ってもらえばいいじゃん。ニンニクは臭いする
から嫌なんだもん」
「…そっか。じゃあ頑張って煮物作るかな」

お父さんと私、二人で一緒にくすくす笑った。バーナビーさんが理由を知るのは当分
先でいいと思う。
それくらいの意地悪、許してくれるよね?





















































2011.08.28 しゅう

グッコミにて配布するペーパーの没ネタです。
フォロワーさんからチャーミー○リーンを頂いたのでwww