eat me










「桃?」
「そ、桃」

おじさんの手にある丸いピンクの物体。
桃。peach。丸くて甘い果物。
それがなんだ。こっちはセックスするつもりで家に上がったのに差し出されたものは
丸くて大きい熟した桃。

「で、それが何です?」
「食うか?」
「そうじゃなくて、なんで桃なんです?」
「あんまりにも美味そうだったから買ってきた」
「で?」
「バニーちゃんにも食べさせてあげようと思ってさ」
「それはありがたいですね」
「だろー?俺ってなんて相棒思いなんだろ」
「はいはい、分かりましたからさっさと食べて相棒の相棒慰めて下さい」
「んまー、バニーちゃんお下品!」
「お下品で結構ですから、さっさと切ってきて下さい」
「はーいよっと」

本当、このおじさんの考えてることが分からない。
ここ数日毎日のように深夜に出動要請を受け、今日こそはとベッドにたどり着いても、
すぐに部屋を後にしてしまう日々が続いた。そんな中、今日は珍しく今のところ
出動要請が掛かっていない。窃盗に強盗、誘拐犯に立てこもり、特に昨日の強盗犯に
関しては、今後犯罪を起こそうという人間に対する牽制と連日の鬱憤を晴らすため、
いつもより多めに制裁を加えておいた。これで今日犯罪を犯そうという人間はいない
だろう、多分。
今日こそは、そんな意気込みで部屋に押し掛け、ソファーに二人並んで座って、
いい感じの雰囲気になってきたところだった。

「あ、思い出した」

絡まる舌を解いて、銀糸の伝う口元を軽く拭うとそれまで密着していた体を簡単に
離してしまった。一瞬のことで停止してしまった僕の思考を無視し、おじさんは
足取り軽くキッチンへと向かう。
そして、取り出してきたのはまあるいピンクの物体と果物ナイフ。
そう、桃、だ。
そして冒頭に戻る。
こちらは万が一の要請に備えて、一分一秒少しでも早く事を進めておきたいのに、
おじさんはこっちの気持ちを知ってか知らずか焦らしてくるからどうしようもない。
嬉しそうにソファーに戻ってきた。手首のPDA、時計にアクセサリーを外し、足下の
床に積み重なった新聞紙を一部取り出すと、数枚取り出して机に広げた。
嬉しそうに鼻歌を歌いながら、左手に乗った桃の天辺に小さく十字の切れ込みを入れる。
そこから濃いピンクの皮を摘んでゆっくりとめくった。完熟してる、と言っていた
通り、熟しているせいか皮は途切れることなく綺麗に剥けた。剥いた皮を新聞紙の上に
落とす。残りの皮も繰り返し、するすると剥いていくとあっと言う間にベルベット生地の
ような真っ白い果肉が現れた。

「ほい」
「は?」
「食えよ」
「はぁ?」

差し出されたのは左手に乗った皮を剥いた白い桃。桃の形そのままで。

「切らないんですか?」
「なんで?」
「なんでって・・・この状態でどうやって食べろと?!」
「だって桃は種あるから切りにくいし、完熟してるし、それに第一桃はこのまんま
かぶりついた方が絶対美味いんだって」

ほれ、と左手をずい、と目の前に差し出してくる。
どうやって食べるんだ?
今まで食べてきた桃と言えば、外食した時に最後のデザートでちょこんと綺麗に
切られて添えられる程度のものだし、そもそも自分から桃を買って食べることもない。
ついでに言えば、こんな風に果物にかぶりついた事も今までなかった。多分、昔
叩き込まれたマナーによって、成長した今もそういったものに反するような行為を
するのを躊躇う。だから、目の前の差し出された桃にどうかぶりついていいのか
戸惑ってしまった。

「食わねぇの?」

返答するより先に、だったら、と差し出していた手を引くと自分の口元に持っていった。

グジュ

ジュル

チュッ

桃から離れた口元には先ほどの唾液とは違う、甘い香りのする銀糸が伝っている。
もぐもぐと咀嚼し、飲み込む喉元が上下し、そこに伝う果汁がいやらしい。

「あ、冷たくてすげぇジューシーで甘い」

そういって、桃から溢れる果汁が持っていた手首にまで伝い、それを舌でゆっくりと
舐め取る。

「食べないのか?」

果汁で艶々と濡れ柔らかく微笑む唇、呼吸する度に強く感じる桃の甘い香り。その匂い
だけじゃない、おじさんの発する何かに誘われるように、差し出された桃に唇を押し
当てた。冷たくて柔らかく、少し湿度の感じるその果肉の表面に歯を押し当てれば、
いきなり果汁が溢れてくる。慌てて果肉をかじって溢れてくる果汁に吸いつく。確かに
熟してる桃だ、歯形からどんどん果汁が溢れてなかなか上手く吸いつけない。やっと
落ち着いて、口の中の果肉も噛みしめる度に甘い果汁がこぼれそうになって噎せそうに
なりながらも何とか飲み込んだ。
桃を見れば、おじさんの時同様に持っている手の甲にまで果汁が溢れている。誘われる
ように指の股から人差し指の先へ、そこからまた人差し指をなぞりながら中指との指の
股に移動し、今度は中指を舐めあげる。小指までねっとりと舌先を移動させ、最後に
小指の先にキスをおくる。
おじさんの左手首を掴んで、再び果肉に歯を立て、かぶりつく。甘い果肉を貪りながら、
甘い果汁に吸いついた。マナーも何もあったもんじゃない。こんな風になるほど桃が
好きなわけでもない。なのに、何かの魔法にかけられた様に桃を食べるのを止める
ことができない。呼吸が上手くできないほどに溢れてくる甘い汁を何とか飲み込み
ながら一心不乱に貪る。その魔法を解いてくれたのは、おじさんの甘いテノール。

「バーナビー」

呼ばれてハッとする。気付けば自分の唇だけじゃなく顎辺りまで果汁で濡れている。
自分まで甘い息を吐いていた。丸い形の桃も、いつのまにか大分削られ、肉質も
柔らかいものから種の周辺の繊維質なものに変わっている。

「美味いか?」
「えぇ、とても」
「ならよかった」

そう言って笑うと、おじさんもまた桃に唇を寄せる。かぷり、と桃を挟んで小さな
音がした。自分の反対側をおじさんがかじる。桃を挟んで十数cm。普段している
キスよりも少し離れている距離なのに、キスよりもドキドキしてしまう。見つめ合った
まま、自分もまた果肉にかぶりつく。かじって、咀嚼して、飲み込んで。甘く濡れた
ままの唇でどちらからともなく唇を合わせる。桃で冷えた唇を温め合うように擦り
合わせ、絡め合う。まるで初めてしたキスのように甘ったるくて濃厚なキスに香る
桃の香り。それが押さえられていた欲望に火をつけた。

「おじさん」
「ん?」

唇が触れるか触れないかの距離で囁く。

「桃、美味しかったです」
「あぁ、美味いな」
「でも、僕は今他のものが食べたいんです」
「なに?」
「それをわざわざ言わせるんですね」

手首を掴んでいる手とは反対の手をおじさんの腰にまわし、引き寄せる。自分の腰と
密着させ、熱くなったそこを押し当てた。

おじさんは一瞬驚いたようなポーズを取るものの、その口角は余裕の笑みを浮かべて
いる。そこが憎たらしい。

「何が食べたいかはっきり言わないとおじさん分かんねぇぞ」
「ここまではっきりとアピールしてるのに分かんないなんて鈍感ですね」
「鈍感だからワザとここまで焦らしてんだよ」
「焦らせて後で痛い目見るのは誰でしょうね?」
「あーぁ、食欲満たされれば性欲も落ち着くと思ったんだけどな」
「桃一個で僕の性欲が落ち着くとでも?甘いですよ、おじさん」
「あーもー、桃以上に甘い考えだったな」

そう言ってクツクツと笑うと、手に持った桃にかじりついて、キスをしてきた。
口移しされた果肉はおじさんの熱い咥内のせいで温くなっている。唾液と混じった
果汁も飲み込むと唇をべろりと舐められた。
甘いキスに甘い吐息、甘く魅力的な誘いに脳内まで甘ったるくなってしまいそうだ。

「まだ食うか?」

唇に押し当てられる桃。もうこれ以上甘いものはもういらない。

「後でデザートとして頂きますよ」

それよりも今目の前にいる甘い匂いで自分を誘うこの人を食べたい。
おじさんの左手の桃が、広げられた新聞紙の上に置かれる。抱きしめていた身体を
ゆっくりとソファーに倒し、果汁で濡れた左手を手に取り、べろりと舐めあげた。

「頂きます」
「どうぞ、召し上がれ」

甘い匂いのする首筋を舐めあげれば、舌で感じる汗のしょっぱさ。甘い、しょっぱいの
繰り返しが生み出す魔の永久運動がどれほどのものか、おじさんの身体に叩き込む
必要がありそうだ。





















































2011.07.08 しゅう

夏バテ中は桃先生に大変お世話になりました。