眩しすぎる世界で










並んだデスク、バニーは報告書を、俺は有給申請を黙々と打ち込む。いつもの始末書より
キーを打つペースが早いのはお約束だ。

「バニーちゃん、俺明日から実家帰るんだ」
「そうですか」
「そうですかってなんだよー、ちょっとは寂しいですとか言えよ」
「なんでそんなこと言わなきゃいけないんですか」
「なんでって俺が寂しいからだろー」
「そんなことないくせに。さっきから顔がニヤケっぱなしですよ」
「はっはーん、ヤキモチ、か」
「そんなことあるわけないじゃないですか!」

やっとこっちに振り向いた。あ、本気でご機嫌斜め。

「そんなバニーちゃんご機嫌斜めになっちゃって。兎さんは寂しいと死んじゃうんだもんねー」
「ちょ!ま!やめてくださいよ!」
「おじさん抱きしめちゃうぞ!」
「離して下さい!加齢臭が移る!!」

制止も聞かず、そのふわふわとした髪ごとぎゅっと抱きしめてやる。可愛い可愛いと
頬ずりすれば、セットが乱れるんで止めて下さい!っていうけど無視してやった。

「あーおじさん寂しい寂しいバニーちゃんと離れて寂しい」
「嘘だ!さっきまで楓ちゃんの写真眺めて鼻の下伸ばしてたくせに!」
「だって娘が可愛いのは当たり前だろ。でもそれはそれ。バニーちゃんはバニーちゃん。
バニーちゃんと離れるのさみしーの」
「ウザいですよおじさんっていうか離して下さい」
「ヤダ」
「殴りますよ」
「殴り返すぞ」
「もういいから離して下さい!」
「バニーちゃんが寂しいって言ってくれたら離す」
「はいはい、寂しい寂しい」
「心がこもってません」
「心を込めてなんて指定はありませんでした」
「んまっ!?最近の若い子は指示されたことしかできないんだから困るわー」
「おじさん世代と違って、指示されたことをスマートにこなすのが僕たちの世代ですから」
「はいはい、話がそれました。寂しいって言いなさい」
「心にもないことをいうのは僕の理念に反します」
「テレビのコメントの八割は心こもってないですよね」
「あれは仕事ですから」
「あーもー可愛くないなー」
「可愛くなくて結構ですって・・・あーもー止めて下さいっていってるじゃないですか!!」

嫌がるのを無視してわしゃわしゃと髪をかき乱す。

「寂しいって言えー!おじさんと離れるの寂しいって言っちまえ!じゃないとチューするぞ!」
「ウザ!ウザいですよおじさん!絶対に言いませんからね!!」

いつも以上に眉間に皺寄せて疲れないかなって思ってた。いつかこいつが自然に笑って
くれればいいなって思ってた。









「バニー・・・悪い、ちょっと・・・有給とって実家帰ってくるわ」
『あぁ、楓ちゃんに会いに行ってくるんですね。いってらっしゃい』
「あ、うん。そうなんだけど、さ・・・」
『虎徹さんここの所なかなか休み取れませんでしたし、ゆっくり休んできて下さいよ』
「悪ぃな・・・」
『気にしないで下さい。だって虎徹さん楓ちゃんに会いたがってましたよね。虎徹さん
楓ちゃんのことになると甘いから』
「あの、さ・・・バニー」
『なんですか、虎徹さん?』
「ん・・・あ、の・・・さ・・・・・・

俺いなくて寂しい、か

な、・・・なんてな」

『寂しいですよ』

柔らかな声が耳に響く

『寂しいですけど仕方ないですよ。取材も出動要請も僕一人で片づけますし。虎徹さん
元々取材とか苦手だったからよかったんじゃないですか』
「そか・・・じゃあ、頼んだぞ」
『わかました。よい休暇を』
「あぁ、ありがとな」

通話ボタンを切って、大きく息を吐く。
なんだろう、目頭が急に熱くなって唇を噛みしめた。
嬉しいんだ。きっと電話の向こうのバニーは笑っててくれたと思うんだ。
バニーの笑顔がずっとみたいと思ってたんだ。
親を殺され、ずっとウロボロスに復讐することだけを考えて生きてきた。暗く憎悪に
満ちたフィルターを通してこの世界を見つめ、あたたかくやわらかいものを一切排除して
生きてきたんだ。そんなバニーがいつか、復讐を終え、そのフィルターを自分で外し、
心から笑ってくれることを願っていた。

そしてその時がとうとう訪れた。

ジェイクを倒したあの日、紙吹雪が舞う中で、初めてアイツの笑顔を見ることができたんだ。

だけど・・・

だけど、違った。
フィルターを外したらアイツの世界は眩しすぎたんだ。
今までずっと暗い世界の中で生きてきたから、フィルターを通さない世界はあまりにも
眩しくて、直視することができないんだろう。
まるで太陽を直視するように、俺のことも眩しい光の中、逆行で俺自身ではなく、俺の
ぼんやりとした輪郭を見つめているんだろう。ちゃんとこちらを見つめてくれない
バニーとの距離が、日々遠のいていくのが分かった。
今までずっとフィルターのかかった暗闇の中で必死にこちらを探るように見つめていた
あのころの方が、まっすぐ真摯に俺と向き合っていてくれたような気がする。
暗闇の中で目を凝らしながらこちらを探すように見つめるあの眼が懐かしい。あの眼を
もう一度見たい。

ただ、あいつの笑顔が見たかっただけなのに・・・
なんでこんなにも距離を感じるようになってしまったんだろう・・・

バニーはまだ、あの眩しい世界の中にいる。眩しいことに慣れることもなく、ただ
その眩しさに驚き、喜び、そして新しい道を模索している。
それでいい。それでいいんだ。
分かってるはずなのに、涙が溢れてくる。
だって、虚しいだろ。暗闇の中にいた方が互いを近く感じられた関係なんて。
それでも、傍にいて欲しかった。光の中でも離れずに傍にいたかったのに・・・。

なぁ、バニー

いつかその眩しい光の世界に目が慣れたら・・・



そしたら、もう一度まっすぐ俺をみて笑ってくれるか?
















































2011.07.24 しゅう

おじさんのスポンサーの白い犬のお父さんの実家に帰省する直前に書きました。