「気持ちよく、なかった?」
バニーの喉がひくり、となるのが分かった。それを冷静な視線でじっと見つめる。
重ねるようにもう一度。
「俺じゃ、気持ちよくなかった?」
気まずそうに視線を逸らす。一気に赤らんだ頬は羞恥か侮辱か、少し俯いているから
上手く読みとれない。
だから、俺はじっとバニーの言葉を待つことにした。
弁明を聞こうか
ほんの二週間ほど前のこと、バニーとセックスをした。付き合い始めたのはそれより
数週間ほど前だから、今時のティーンエイジャーの方がませてるような気がする。
好きだと言ってきたのに自分から進んで触れ合うことはなく、触れ合ったとしても
その熱を必死で隠そうとする初なバニーを無理矢理抱かせた。別にレイプした訳
じゃないし、掘られたのはこっちだ。だが、本当に無理矢理という言葉が似合うほど、
周囲を固めて、逃げられないように追いつめて、抱かずにはいられない状態を作って
やった。だから、抱かせた、という表現が正しいんだろう。
初めてのセックスで、バニーは半泣きでごめんなさいとか好きですとか止まんないとか
言って、強弱も駆け引きもできないまま腰を降り続けていた。全てが終わった頃には
ぐったりとした状態で枕元近くの口の縛られたゴムの数を数えて、あぁ、最初に口で
一発ヌいたから、トータル五発かぁ、さすが若いなぁ、なんてぼんやり思ったのを
覚えてる。
それまでバニー自身が自分の中に作っていた壁を無理矢理破ってやったから、快楽を
知ったこれからは自然と自分で本能に従うようになるだろう。思春期の男子なんて
そんなもんだ。一度童貞を捨てれば、その快感に発情期の犬のように従順になって
しまう。ヤりたくてヤりたくて仕方ない。そんな状態から徐々に経験を積んで、耐性を
身につけて大人になっていく。バニーはもう大人だったから、そこまで盛ることは
なくても、欲求が高まれば今までとは違って自然に抱くようになってくるだろう。
そんな風に思っていた。だが、現実は違った。
普段は相変わらずすました顔で淡々と仕事をこなすが、明らかに俺のことを避ける
ようになっていた。まず絶対に二人っきりになるような環境を作らなかったし、目を
合わせることも極端に少なくなった。抱いたら抱いたで気に食わないからってこの
態度かよ!と頭にきて、ワザと深夜に家に押し掛けてやった。心中察しられないように、
できるだけ自然にいい酒が手には入ったから、と言ってズケズケと家に上がってやった。
少し気まずそうにしたのが癪に障ったが、それでもバニーは追い返すようなことは
しなかった。
酔ったフリしてワザとスキンシップを取る。無理矢理抱きついて、耳に触れた。
この前分かったことだが、バニーは耳を触れられるのが弱いらしい。触れるか触れ
ないか程度の柔らかいタッチで、その綺麗な耳をなぶった。
「気持ちよく、なかった?」
バニーの喉がひくり、となるのが分かった。それを冷静な視線でじっと見つめる。
重ねるようにもう一度。
「俺じゃ、気持ちよくなかった?」
気まずそうに視線を逸らす。一気に赤らんだ頬は羞恥か侮辱か、少し俯いているから
上手く読みとれない。
だから、俺はじっとバニーの言葉を待つことにした。
なぁ、バーナビー
俺のこと嫌いになったのか?と言うよりも先に、思いの外強い力で突き飛ばされて、
バニーは部屋を出ていってしまった。一瞬きょとんとしてしまったが、徐々に怒りが
湧いてくる。あんにゃろぉ、と舌打ちして直ぐに追いかけた。逃げ場所は分かってる、
絶対にトイレだ。案の定、部屋を出て直ぐ、トイレのドアノブを握ると既にロック
されている。やられた。大きく溜息を吐くと、一瞬で沸き上がった怒りもすっと
消えていく。
「バーナビー、いるんだろ?」
ノックをするが返事はない。ただの屍のようだ。嘘。ふざけてる場面ではない。
「悪かった、今日はもう帰る」
そう伝えたが、バニーが出てくる気配は全くない。俺は突き飛ばされたときに落ちた
ハンチング帽を拾い上げ、部屋を後にした。
************************************
それからは、今度は俺が避ける番になった。大人げない?結構。こちとら今まで
ノーマルで生きてきたのに、可愛い後輩のためにゴムだけじゃなくローションまで
用意して、事前に知識まで身につけて、万が一を想定してまで自分で穴まで解して
やったのに!多分、一生しゃぶることはないであろう同性のイチモツまでくわえて、
あげく口の中でイかせて吐き出すことなく飲み干してやったのに!向こうから告白
してきたのに全部リードしてやったんだぜ!
・・・でも、それは結局自分がバニー可愛さに自発的にやったことで、バニーはそれを
望んでなかったんだろう。肉体的関係をほのめかしてはいたもののどこまで知識が
あったのか定かではない。それをこちらが向こうの心構えとかを無視してヤっち
まったんだ。想像していたものと現実の生々しいセックスとの差異にショックを
受けてたのかもしれない。そのせいで、自分の気持ちが分からなくなってしまった
のかも。
そう考えると、悪いことしちまったのかな、と思う。いつもそうだ。よかれと
思ってやったことが大概裏目に出てしまう。せっかくバニーともいい関係になれて
きたと思ったのに、自らの言動でブチ壊してしまったなんて。
しばらくは距離を置こう。
互いに冷静になる時間が必要だ。俺自身、久々に触れる人肌に舞い上がっていた
のかもしれない。バニーもバニーで、冷静になって、それでも俺のことを思って
くれているならまた触れてくれるようになるだろう、と。それとも、もう二度と
触れられることはないのだろうか。
この年で失恋かぁ、きっびしいなぁ・・・
笑ったつもりでいたけど、上手く笑えず、ぎゅっと唇を噛みしめた。
************************************
「じゃあ、お先に」
「おぉ、お疲れさーん」
一つ挟んだ隣から、ばたん、と金属の扉が閉まる音が聞こえる。それに振り向くこと
なく手を振って返す。
いつもなら自分が先に上がるんだが、斎藤さんとの打ち合わせてトレーニングルームに
来るのが遅くなった上に、なんとなくぼーっとシャワーを浴びていたら、最後まで
熱心にトレーニングしていたバニーと一緒になってしまった。それでもシャワーで
火照った身体を持て余すようにノロノロと片づけをしていたら先にバニーの方が
身支度を整えてしまった。相変わらず視線を合わせることはない。ほんの僅か前まで
どちらが口に出すこともなく一緒に帰り、どちらかの家で過ごしていたというのに。
本当に、あっと言う間に一瞬で崩れさってしまったこの脆い関係に、溜息しか出てこない。
「あの・・・虎徹さん・・・」
「んー?」
ドアを開ける音が聞こえないと思っていたら、バニーがドアの前で立ったままこちらを
見ていた。
「この前は・・・すみませんでした。怒って、ます・・・よね?」
いつもは滑らかに話す声が掠れている。緊張からなのだろうか。
「いや、驚いたけど怒ってないぜ。むしろこっちがちょっかいかけたのが悪かったんだし」
嘘。
「でも!?・・・避けてますよ、ね・・・僕のこと・・・」
語尾が徐々に弱まって聞こえなくなっていく。
「避けてなんかねーよ」
だが、嘘だなんて教えてやらない。
「お互い舞い上がってて距離感掴めないままでいたから、ちょっと距離置いて冷静に
なった方がいいかなーって」
「だからって・・・」
「お前は最終的には肉体関係も、って言ってたけど、案外俺たちはプラトニックな
関係の方がいいんだろうなって」
「そんな・・・」
「だってよく考えてみろよ、お前は初めてだったから比較しようが無いけど、絶対
同性より異性とヤる方が気持ちいいって。だから、別に俺たちそんな無理矢理身体の
関係もつより、プラトニックでいた方が上手くいくと思うんだよな」
「・・・」
言わせない。バニーの口から「男より女の方がいい」なんて、絶対に。だから先に
こっちが言ってやる。向こうから言われるより、先に自分から言えば、少しは耐えられる
はずだから。
明るい声を出すものの必死だった。少しでも気を許せば、「気持ち悪くなってきたん
だろ!?」とか「どうせ男より女の方がいいんだろ!?」と責めてしまいそうになるし、
そんな惨めな自分になってしまうのが嫌だった。身体を拒否されても、それでも心の
繋がりは、バニーを好きでいることは拒否されたくないから、少しでも嫌われない
ように、関係が続けられるように案を練る。
こんな打算をしてしまうほどに、俺はバニーのことが好きだった。好きで好きで、
身体を求めてしまう程好きで、たった一度の繋がりで次を拒否され続けてしまって
ショックを受けている程、どうしようもなく好きだった。
「だからさ、この前のことは忘れて、普通にまずは仲のいい先輩後輩の関係に戻って、
そこからまた「無理です」
え・・・と、今・・・なんて・・・
胃がきゅっとなるのが分かった。
「そんなのもう無理です」
完璧な否定に、身体が一気に冷たくなっていくのが分かった。何か、何か言葉を
繋げないと・・・。思考をフル回転させようにもフリーズを起こしてしまい、ただ、
今のバニーの言葉が反芻するだけだった。
どうするどうするどうするどうするどうする・・・
「バーナビ「今すぐにでも抱きたいんです」
後ろからぎゅっと抱きしめられて、一瞬息が詰まった。背後から抱きしめてくる
体温が、項に触れる唇がどうしようもなく熱い。
「ずっと・・・この前抱いてからもうずっと虎徹さんのことばかり考えて、抱きたくて
抱きたくてもうどうしようもなくて、やりたいこといっぱい浮かんで、でもこの前は
初めてとは言え全てリードされて、獣みたいに記憶無くなるほどヤってたなんてもう
情けなくて悔しくて、また二の舞を踏むんじゃないかと思って怖かったんです!!」
理解しようとするが、未だに思考はフリーズしていて、はっきりと分かってることは、
今のワンブレスで言い切ったよなすげーなこいつ元々かつぜついいもんな、という
ことだけだった。
「経験豊富な虎徹さんには分からないかもしれませんが・・・その、次からはちゃんと
リードしようって思っても、もう、その雰囲気になると思考が働かなくて、早く
一つになりたくてどうしようもなくて・・・そうなると、じゃあいったんヌいて冷静に
なろうと思うんですが、ヌいた後の・・・その、賢者タイム?ですか・・・それのせいで、
このままじゃだめだろって自己嫌悪に落ちて・・・なかなか次っていう気持ちになれ
なかったんで、す・・・」
一言一言を脳内でゆっくり反芻する。言い終わると同時によりぎゅっと抱きしめ
られて、その手が震えていて不意に抱き返したくなった。
「手を出さなかったのは、気持ちよくなかったからじゃなくて?」
「気持ちよすぎたから四回もやってしまったんじゃないですか」
「だって、その後全然手ぇ出さないし、そういう雰囲気になったら逃げてたから
気持ち悪くなったのかと・・・」
「さっきも言いましたけど、そのままだとまたリードされそうだったから一度ヌきに
行ってるんです、言わせないでくださいよ」
「だって・・・だって、目も合わせてくれなくなったから嫌われたのかと思って・・・」
「御陰様でもうあなたの卑猥な腰のラインを見るだけで勃起できるようになりましたよ」
ほら、と抱きしめてくる腰をぐりっと押しつけられれば、そこはもう熱く高ぶっていた。
遠慮なくぐりぐりと押しつけられるその堅さにこちらも否応無く顔が赤くなってしまう。
しばらくお預けにされていた本能にスイッチが入ってしまいそうになっていた。
クールにスマートに、それを信条としているバニーにとって、あのセックスで訳も分からず
快感に溺れてしまったことがショックだった。だから、次こそはと思うものの、初回の
強烈な快感に身体が目覚めてしまって、自分でもコントロールできなくなったのか。
そんな自分に悩んで、手も出せずに戸惑うことしかできなかったんだろう。
本当に、可愛くて可愛くて愛しいバーナビー。
やっと触れることのできたバニーの心に、意地を張っていた自分がバカバカしくなってきた。
「だからって、避けるこたぁねぇだろう!」
振り向いて、顎に手を添えれば自然とキスができるくらいもう慣れてしまってる。
「・・・うるさいですよ、フェロモン出しすぎな虎徹さんが悪いんです」
「そんなおじさんに欲情するバニーちゃんがおかしいんですー」
「そんな僕に迫られて勃起する虎徹さんも十分変態です」
そういって前立ての部分を撫でられ息を詰める。こちらも完璧にではないが、ゆるゆると
立ち上がっていた。
「別にカッコつける必要ねぇじゃねぇか。お前の初めての相手は俺なんだし、むしろ
二回目で急に上手くなってたらビビるってか色々疑うぜ」
「僕には僕なりのプライドがあって、いつまでも虎徹さんにリードされてるのは許され
ないんです」
「格好悪くったっていいと思うけどなぁ。そっからもう落ちることはないんだし、あとは
上達してくだけだろ?無理にカッコつけるこたぁねぇと思うんだけど」
「さすがポイントゼロのヒーローは言うことが違いますね」
「黙んな童貞」
「童貞はあなたのおかげで卒業しました。僕の方から告白したんだから、余裕もって
リードしたいんですよ。男ってそういうものでしょう?」
「あぁ、分かるわその気持ち」
「でしょう?だから、二回目がなかなか手が出なかったんです」
「でももう童貞だったりチキンで手ぇ出せなかったり一人でヌいてたり、お前の格好悪い
ところもう全っっっっっっ部みてきたからもう諦めろ」
「!?」
「そういうとこ含めてありのままのお前のことが好きなんだよ」
首もとに押し当てられたバニーの頬が一気に熱くなった。よしよしと頭を撫でてやると
小さく、子供扱いしないでください、って言ってくるところが可愛くてしょうがない。
「なぁ、やりたいことって何?」
「?」
「さっき言ってただろ?色々やってみたいって」
「言っていいんですか?」
「言わなきゃいいかどうかわかんねぇだろ?」
「知りませんよ、どん引きしても」
「覚悟しとくわ」
抱きしめていた手がベストのボタンに掛かる。
「全身くまなく舐めてみたいです」
「しょっぱなからバター犬かよ!?」
「あと噛みついてみたい、特に臀部」
「絶対ケツだけじゃ済まねぇな」
「縛ってみたいです」
「向こう一週間は露出する仕事断る羽目になるからロイズさんにスケジュール確認しとけよ」
「顔射も」
「目に入ったら痛いらしいな」
「中出しもしたいです」
「却下」
「お互いの舐め合いたいです」
「シックスナイン?いいけど体勢キツいんだよな」
「バイブとかローターとかも使ってみたいです」
「顔出ししてる奴がどうやって買うんだよ」
「虎徹さんが買ってきてください。あとコスプレも」
「四十手前のおっさんにセーラー服とかナース着せてどうすんだよ!?」
「別に僕はセーラー服とかナースなんて言ってないですよ、おじさんがそういう趣味
なんでしょ?外でもヤってみたいです」
「だから顔出ししてる奴がそういうことをだなぁ・・・」
「あと虎徹さんの自慰も見てみたい」
「そういうプレイはお断りします」
「他にもまだまだありますが」
「本当バニーちゃん夢に溢れてるね」
本当、童貞拗らせた大人は大変だ。
既にベストもシャツもボタンを外され、肌をまさぐる手が気持ちいい。熱を持ち、意志を
持って触れてくる手に、こちらも後ろに手を回し、バニーの熱に触れた。
「もうバニーちゃん限界だろ?ここでヤってく?」
この状態でバイクに乗るのは厳しい。自宅に戻るんであれば、一度抜く必要がある
くらいに熱く腫れていた。
「すみません・・・ゴムの用意が・・・」
「コラコラ、いい男の必須アイテムだろ」
こういうところがまだまだ慣れてなくて初で可愛い。あぁ、でもこれでゴム常備する
ようになったらいつでもヤられるようになるのか。それもそれで困ったもんだな。
そういう俺も用意なんかしてないし、準備も必要だ。ならばここは口で我慢してもらおう。
がっしりとベルトを掴むと、しゃがみ込んでバニーを見上げた。
「今日はぜってぇ逃がさねぇからな」
バックルを外しつつ、ファスナーを噛んでゆっくりと引き下ろす。こちらを見下ろす
バニーの顔が真っ赤に染まるのを見ながら俺は優越感に浸った。
つもりだったが、バニーが新しく買った六個入りのコンドームの最後の一個に手を
つけた瞬間、俺はベッドの上で数時間前の自分を罵ることしかできなかった。
2011.07.17 しゅう
あいも変わらず童貞バニーが好きですwww