美味しい酒とつまみと















気分がいい。今日は本当気分がいい。
空の色も今日は一段と澄んで見えるし、太陽は今日も爽やかに眩しい。口元は思わず
緩んでしまいそうになるし、軽やかな足取りはステップを踏んでしまいそうになる。
たぶん今日の自分の周りには小さな花が絶えず飛んでいるだろう。バニーちゃんに
冷たい目で見られても、ロイズさんの長い長いお説教も今日なら平気だ。時計の秒針が
チクタクと刻むのが楽しくって待ち遠しくってどうしようもない。

「気持ち悪い」

隣で黙々とキーを打つバニーちゃんがぽつりとこぼすが、そんなの右から左へと流れて
いく。俺はただただニヤケるだけだ。

「本当、気持ち悪い。一体何なんですか!?朝からずっとニヤケて!気色悪い!!」
「なーいしょ」

ニシシ、と笑ってさらりとかわすと、その答えが気に食わなかったのかバニーちゃんが
ふてくされる。

「おじさんがそんな言い方しても気持ち悪いです」
「あっそ。気持ち悪いなら気持ち悪いで結構」
「そんなに浮かれてると足下すくわれますよ」
「いつものことです」
「なおのこと悪いです」
「ってか別にいーじゃん、俺がご機嫌でも」
「じゃあ何でご機嫌なのか教えてください」
「嫌です。内緒です。教えません」
「本当可愛くないおじさんですね」
「可愛くなくて結構。渋くてカッコよければそれでいい」
「渋くもカッコよくもないです。だからその浮かれてる原因は何なんですか!?」
「だから内緒」

だってバニーちゃんに言ったって分かってもらえないからな。折角の楽しい気分を
バニーちゃんの冷たい言葉で台無しにされるわけにはいかない。だったらわざわざ
話すこともない。それに俺一人のお楽しみだからな。

「気持ち悪くて可愛くなくて渋くもカッコよくもなくて結構!じゃ、トレーニング
行ってくっかな」

端末を閉じて大きく背伸びをする。席を立とうとすると、バニーちゃんも同様に端末を
閉じた。相手と一緒に行動する、バディの基本だ。ツンツンしてるけど、なんだかんだで
懐き始めたバニーちゃんが可愛く見えて、もっと口角があがるのを抑えられなかった。





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「ご機嫌だな」
「あ、やっぱり分かっちゃう?」

普段はサボりがちなトレーニングも、今日だけは違った。今晩の楽しみのためにちょっと
張り切ってしまう。ちょっと1セット多くやってみたり、ランニングのペースがいつも
より少し速かったり。おかげで、いつもはあまりかかない汗が額をうっすらと濡らしていた。
程良い疲労と心地よい汗。
もう今晩のお楽しみの準備は万端だった。
そんな張り切る姿は相棒のバーナビーや親友のアントニオだけでなく、他のメンバーでも
勘付くだろう。

「なんかいいことあったのか?」
「ちょっと耳貸せよ」

そういって一回り以上も大きいアントニオの首に腕を回して自分の方に引き寄せた。
そのまま大の大人がしゃがみ込んで内緒話をする姿はなんとなくしょっぱいものがあるが
今は気にしない。

「すっげー前から飲んでみたかった焼酎が手に入ったんだよ」
「ほぉ」
「しかもこの前の懇親会で知り合ったスポンサーのコネで市場の価格よりずっと安く
手に入ったんだぜ!」

先日アポロンメディア主催のヒーローとスポンサーの懇親会という名目でパーティーが
開かれた。そこで別の会社の取締役だが、ずっと自分のファンだという人物と出会った。
最近でこそ、バーナビーのおまけという形で少しずつ人気も出てきたとは思うが、前の
会社に所属していた時からのファンというと本当に自分でいうのも何だが物好きな人だなぁ
という印象だった。
だが、話してみると豪快で男気あふれるその役員との会話は非常に楽しく、なんだかんだで
意気投合してしまった。
ーー個人的にファンだから、是非ともスポンサーになりたいんだけどね。
だが、会社は彼一人のものではない。会社の利益を考えた結果別のヒーローを支援する
ことになったのだ。
お気持ちだけで十分です、そう伝えると彼はそこが君の良いところだと言って、笑いながら
遠慮なく人の背中を叩いてきた。
じゃあ気持ちだけでも、そう言ってその役員は胸ポケットの名刺入れから一枚の名刺を
差し出してきた。知人が経営している倉でね、何でもタダに、というのは無理だが
ここの番号に掛けて私の名前を出してもらえば安く手に入ると思うよ。私の方からも
向こうに君のことを伝えておくから配送先はアポロンメディアになるが、それでも
よければ。言われて名刺に目を通せば、それは有名な焼酎の倉の名前。決して大きくは
ないが厳選した材料と丁寧な作りだが、そのために生産量は少ない。そのため、焼酎に
うるさい飲み屋が仕入れるか、焼酎好きな人が個人で直接倉から購入するので売り切れて
しまうため、一般的なリカーショップには並ばない。だが、それに見合っただけの価値が
あるので、リピーター率が高く、常に品薄状態だった。だからこそ、その倉との何らかの
繋がりができるその名刺はある意味虎徹にとっては最高の贈り物だった。
何度も感謝を伝えると彼は相変わらず豪快に笑って、次にまた会ったときは、是非焼酎の
感想を聞かせてくれと言って、去っていった。

翌日、さっそく電話を掛ければ、言われた通り市場よりずっと安い値段でしかも次の
生産を待たず、今ある分を優先して購入することが出来た。そして昨日、約束通りに
アポロンメディアの自分の部署に、丁寧に梱包されて届いてきたのだ。
有頂天で大事にその焼酎の箱を抱えたまま帰宅しようとしたその時、運悪く出動要請が
掛かってしまった。建設工事中の建物での火災発生。避難出口が塞がってしまったため
大半の人が残され、救護に時間が掛かってしまった。幸い、一人の死者を出すこともなく
ブルーローズの活躍もあって、日付が変わる頃には鎮火できた。
焼酎の箱を社に取りに戻って帰宅したのは午前二時前。明日こそは!と箱から取り出した
焼酎に頬擦りして冷蔵庫に入れて就寝した。
そして、今に至る。

「へぇ、じゃあ俺もいっぱいご馳走になるぜ」
「ダメだ!お前に飲ませたら水みたいにジャブジャブ飲むから絶対ダメだ!」
「いいだろ、どうせ安く手に入んだし!」
「ダメだ!ぜーったいダメだ!俺がどれだけ長いことこの酒飲みたかったかお前にゃ
分かんねぇだろ!今日はじっくりチビチビ飲みたいんだよ」

首に回していた手を離し、大きく背伸びする。

「というわけで、しばらく俺は宅飲みになるから」
「なんだよ、付き合い悪ぃな」

そういってその役員同様、遠慮無く背中を叩いてきたから今度はこっちもそのゴツい
背中に一発拳をお見舞いしてやった。





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俺の祈りが通じたのか、帰りにスーパーに寄って、うちに着くまでエマージェンシーが
掛かることはなかった。だが、本番はこれからだ。こんなに素敵な一日が過ごせたんだ。
このまま平和に楽しく過ごしたい。
買ってきた食材をキッチンに置くと、ハンチング帽を取り、ベストを脱ぐと、手首を
飾るアクセサリー類を取り外す。シャツの袖口のボタンも外して腕まくりするとそのまま
キッチンで手を洗った。

さて、と。始めますか。

スーパーの袋から痛みやすい砂肝を冷蔵庫に入れ、茄子とネギを取り出す。包丁とまた板を
出して、先に茄子のへたを切り落とした。そのまま水に漬けることなくラップでくるんで
電子レンジへ。その間に先ほどのネギを刻む。1/4は白髪ネギ用に、残りは輪切りに刻む。
先に刻んだ白髪ネギを小さなボールに入れて、水にさらす。丁寧にリズムよく刻んでいく。
昔は輪切りに切ったのに、摘んでみれば一つに繋がってたってことはよくあったが、今は
もうそんなことはない。
子持ちやもめっていうと料理できないイメージを持たれるがそんなことはない。妻が
入院し、幼い楓との二人暮らしだと嫌でも自分が料理しなければならない。聞き分けの
いい娘だったが、時折夕飯の時に「ママのご飯が食べたい」と泣き出すことがあった。
オムライスにハンバーグ、ナポリタン、お花の形の目玉焼きがのったハンバーグに
ミートボールと星の形の野菜が入ったカレーライス。味は覚えているが、作るとなると
話は別だ。見舞いに行く度にレシピを聞いて、何度も失敗しながら作った。最初は渋い顔を
しながら食べていた楓も、そのうち上達していく味に笑顔を見せるようになって、見舞いに
行った際にトモエに「パパのご飯、美味しいよ」って報告したときは嬉しくてトイレに
行ったフリをして、少しだけ泣いた。
そんなこともあって料理の腕はそこそこあるし、楓と離れて一人で暮らす今も時間を
見つけては自炊する。最も年も年だしそんなにがっつりしたものは食べたくないので
自然におつまみ系のレシピが増えていった。
そんなことをぼんやりと考えながら白ネギを最後まで切り終える。なんとなく、達成感。
山盛りになったネギを一端別のさらに移すと、そこでタイミング良く電子レンジがなる。
シンク下からボールを取り出し、冷蔵庫から氷を取り出し、ボールに氷水を用意する。
電子レンジから加熱した茄子を取り出す。あっつあつのそれを菜箸を使って何とかラップを
外して、氷水の中に入れた。あとは冷えるのを待つだけだ。ついでに冷蔵庫から常備
されてるメンマを取り出す。水をきった白髪ネギと共に小鉢によそって、ラー油と酢、醤油
ほんの一摘みの砂糖をかけて軽く混ぜ合わせて冷蔵庫に戻す。これで、食べる頃には味が
しみてるだろう。今度は砂肝を取り出す。ざぶざぶと洗って、薄くスライスして、酒を
まぶしてく。手を洗って、ミルクパンを取り出すと水を張って、お湯を沸かす。その間に
先ほどの冷やしていた茄子を手で裂いて、水気を絞ると皿に載せる。これで後は醤油と
ネギを添えればいい。これもまた冷蔵庫に戻して食べる直前まで冷やしておこう。
沸騰した湯にスライスした砂肝を投入して、シンクからザルを取り出しておく。冷蔵庫から
ポン酢と柚子胡椒、チューブのおろし生姜を取りだし、先ほどまで茄子を冷やしていた
ボールを軽く洗う頃にはちょうど湯であがっていた。ザルにあげて再びザブザブと洗って
水を切る。ボールにポン酢と砂肝、切ったネギにおろし生姜とほんのちょっと柚子胡椒を
入れて、そのまま手でワシワシと混ぜ合わせる。一つ摘んで味見をしてみれば、いつも通りの
味付けだ。よし、と小さく頷いて皿に盛り、手を洗う。冷やしておいた茄子にもネギを
のせ、醤油をかければすべてのおつまみが完成した。
汚れた調理器具をさっさと洗って、片付ける。飲んでからだと絶対やる気にならないから
今のうちに済ませておく。
リビングに三皿運んで冷蔵庫から焼酎を、冷凍庫からクラッシュアイスを取り出して
愛用のグラスも持って再びリビングへ。これで準備完了。グラスに氷を注いで、焼酎を注ぐ。

いただきます

小さく心の中で呟いて、今日一日平穏無事に過ごせたことに乾杯しようと思ったその瞬間だった。

ピンポーン

普段滅多にならないインターフォンがなる。なんで!今!このタイミングなんだよ!と
思わず舌打ちしてしまった。いっそ無視してやろうかと思ったが、もう一度インターフォンが
なり、仕方なく玄関に向かった。

「はいはい、どちらさんですかー?」

玄関の扉を開けた先、そこには見知った顔がいた。

「バ・・・ニーちゃん?」
「バーナビーです」
「なんでここにいんの?」
「美味しいお酒が飲めると聞いたので」
「はあぁぁぁあああぁ!?」

今日、一言も、バニーには美味い焼酎が届いたなんて行ってない!アントンには話したが
バニーには言ってない
というと、アントンの奴・・・喋ったのか・・・。あんにゃろーめ!

「いえ、聞こえたので」
「何が!?」
「バイソン先輩との会話が」
「嘘吐け!めっちゃ小声で話してたんだぞ!」
「耳がいいんですよ、バニーなんで」
「こんな時だけバニーとか認めやがってこんちくしょう!!」
「いいじゃないですか。僕だって以前おじさんに家のコレクション水みたいにガバガバ
飲まれたんですし。お返ししにきました」
「お返しじゃねーよ!あれはだなぁ、親睦を深めるために」
「じゃあ訂正します。親睦を深めるために」
「嘘吐けよ!!」
「じゃあ理由はどうでもいいんでさっさと家に上げてください」
「だめだ!俺が今日をどれだけ楽しみにしてたと思ってるんだ!それにお前と違って
俺は焼酎はたった1本なんだぞ!お前みたいに貰ったり買ったりでたいして飲みもしない
のに大量に揃えてるのとは違うんだ。俺はこの1本を心行くまでチビチビ楽しみたいの!」
「別に一人で楽しむ必要ないじゃないですか。それにおじさんが一人で一本とかいろいろ
危ないです。というわけで僕にも分けてください」
「だあぁぁああああぁーもー黙れぇぇぇええぇぇ!」

思わず顔を手で覆って天を仰ぐ。この小憎たらしい相棒をどうにかしてやりたい!

待て、よ・・・ちょっと待てよ

今日一日ずっと浮ついてる俺が気になって、俺とアントンの会話に聞き耳立てて、誰も
誘わないことに安心したものの自分が誘われなくてそれが嫌だったからわざわざ押し掛けて
きたのか。今まで自分から関わりを持たなかったバニーが珍しく見せた行動になんだか
嬉しくなってきたのは俺ももう末期か?

「まさか手ぶらじゃないよな?」
「一応つまみになりそうなものを」

そう言って手に持っていたビニール袋を受け取って中身を確認するとハード系のチーズが
幾つかとクラッカー。あぁ、いかにもワイン好きなバニーのセレクトだなって今日は
焼酎なんだけど?焼酎と合うのかチーズって?
まぁいい。彼なりの精一杯の気遣いだろう。ここは仕方なく折れてやることにした。

「あがれよ」

扉を大きくあけて招いてやれば、一瞬ほっとした表情を見せたのがどうしようもなく
可愛く思ってしまう自分はもうお終いだろう。小さくおじゃまします、と行って部屋に
入ったバニーをリビングに案内すると、そのままキッチンに移動してもう一つグラスと
箸・・・よりフォークかな、と迷ったものの両方取り出す。
おつまみももうちょっと作るか?と考えるが、まぁいい。何かまた欲しくなったらその時は
その時だ。出前でも何でも頼めばいい。



美味しい酒とつまみと、珍しい来客と平穏な一日の長い夜に乾杯だ。



















































2011.07.07 しゅう

おじさんが料理上手かったらいいよなと思って。メニューは我が家でよくお世話になるおつまみです。
バニーのツンがエクスポートされたのでおじさんにインポートしようとして失敗しました。