【現代パロ】リーマン兎×シアトル系コーヒーショップの店員虎







FROM:ME TO:YOU















「いいチョイスだな」

多分、きっかけを持ったのはその一言だった。
元々、会社のビルの1階エントランスに入っているコーヒーショップは外資系という事も
あって、店員はみなフレンドリーで有名だ。だが、その内の一人の店員はそれ以上に
フレンドリーで、あと一歩でなれなれしい人だった。
しかも女性店員だったらまだ分かるが、相手は男性、しかも髭を生やした中年。
正直、気分のいいものではなかった。多分、そちらの趣味の人間なんだろう。
愛想程度で返事はするものの、正直話しかけられるのが嫌だった。
だから自然と彼のいる水・木の朝と月・火・金の午後はその店に入らなくなった。
だが、朝からコーヒーが飲みたい時はある。そんな時はわざと混んでる時を狙って
出来るだけ彼に話しかけられないようなタイミングで並んだ。

ある日、休憩も兼ねて店内でコーヒーを飲むことがあった。レジ近くの席で、ぼんやりと
コーヒーを飲んでいると、彼がレジにやってきた。
客の内半分近くが彼と知り合いらしく、来る客来る客みんなに声を掛けていた。多分初めて
来た客にも、新作のドーナッツを勧めてみたり、カスタマイズを誉めたり、とにかく客との
会話を楽しんでいた。
なんだ、自分だけじゃないのか。元々よく喋る人なのか。
そう思った瞬間、自分の中に訳の分からない感情が芽生えて、胸が疼いた。

手の中のコーヒーは既に空になっていた。胃は温かいコーヒーで満ちている。もうそろそろ
仕事場に戻らないと。だが、さっきから感じる胸のもやもやがそれを許さなかった。
気付けば財布を持って、再びレジに並んでいた。

「よ!久しぶりだな」
「あなたが店にいなかっただけじゃないですか」

普段ならスルーして注文するか、愛想程度のはい、そうですね、としか返さない自分の
返答に向こうが驚いたようだった。

「何?今日は会いに来てくれたの?」
「寝言は寝てから言ってください。
ホットのトールソイラテ、エスプレッソダブルショットで」
「相変わらずいいチョイスだな」

彼はいつものように感心するように言うと紙コップにオーダーを書いていった。その間に
財布から代金を出す。

「名前は?」
「ん?俺?」
「あなた以外に誰がいるんですか?」
「虎徹。鏑木・T・虎徹」
「僕は・・・」
「バニー、だろ?」

お釣りを受け取る手が固まる。なんで、バニーなんだ?
その様子を見て、彼が自分の胸の辺りを指さした。

「社員証」

とっさに自分の胸元を見れば、いつもは外出時にポケットにしまうはずの社員証が
ぶら下げたままだった。
しまった・・・。最近ただでさえ個人情報がどうのこうので社内でも色々煩くなってるのに…。
だが、バニーって?

「僕の名はバーナビーです」
「え?そうなん?バニーちゃんだと思ってたからやたら可愛い名前なんだなぁって・・・」
「どうみてもバニーには見えないでしょう!バーナビーです!」

そういうと、面白そうに彼は笑った。笑った顔を見たのは初めてかもしれない。

「おじさん、失礼ですよ」
「今さっき名前教えたばっかなのにもうおじさん呼びかよ」

今度はこっちが笑って応えて、レジを後にした。ショーケースを挟んだ隣のカウンターで
商品を受け取る。店を出ようとした時、レジでこちらに向かって手を振るおじさんが見えた。
それだけで、どうしようもなく嬉しかった。





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それ以降、今までとは打って変わって、基本彼のいる時間帯に店に寄るようになった。
東洋系のせいか、幼く見える顔立ちだが三十後半くらいだろう。ユニフォームカラーで
ある白か黒のYシャツを来て、普段は袖を捲っている。それに深い緑色のエプロンが
よく映えていた。髭も無精髭ではなく、綺麗に形整えられていて、黙ってさえいれば
割とお洒落なおじさんだった。だが、そうはいかない。
口を開けばお節介でお喋り好きでお人好しで、ちょっとマヌケなおじさんだ。その
ギャップが、彼が人に好かれる理由なのかもしれない。
この店に来る人間の半分は彼との会話目当てなんだろう。それほどに彼は人気の店員
だった。彼がいるだけで店内がどこか明るくなるような気がする。・・・と思うのは自分
だけなんだろうか。

――天気いいな、今日はテラス席で飲むと気分いいと思うぜ。
――新作のイングリッシュマフィン食ったか?コーヒーとよく合うから、明日の朝飯
家で食わずに店で食ってけよ。
――バニーちゃんなのに目の下に熊飼ってるぜ、ちゃんと休んでんのか?
――ドーナッツも一緒にどうだ?疲れたときには甘いもんがいいぜ

最初は他愛のない天気などの話から、徐々に自分のことを気にかけてくれるような会話に
なっていった。それに慣れなくて、気恥ずかしいと感じたが、彼の笑顔を見ている内に
慣れてしまった。こちらも返そうと思ったが、うまく言葉が見つからない。それに向こう
からしたら大勢の客の内の一人かもしれない。そんな自分が声を掛けるなんて、と思うと
なかなか会話を続けることが出来なかった。
そんなある日だった。ちょうど期末でいくらタスク管理を細かくしていても、突発的な
仕事が多発して残業が続いた時だった。三歩歩けば溜息が出そうなほど疲れた状態で
いつもの様に店に向かった。そんな様子を見たおじさんが、開口一番とんでもないことを
言ってきた。

――昨日、店の締めまでいたけど、お前の帰る姿最後まで見なかったな。
残業か?無理すんなよ・・・

心配そうな表情とその言葉に、おじさんが自分を気に掛けてくれているということに
どうしようもなく嬉しくて、恥ずかしくて、その日は逃げるように店を後にしてしまった。
きっと彼のことだ、客みんなに同じようなこと言っているんだろうと自分に言い聞かせる
ものの、そう思えば思うほどに、苛立ちと寂しさと嫉妬がこみ上げてきて、その日以降
店に行くのが億劫になってきた。
いちいちお節介なんですよ、僕のことなんて放っておいて下さい、っていうか仕事中
なんだからそんな他人のこと気にしてないで仕事に集中して下さいよ
口を開けばそんなことしか言えない自分がいる。もっとスマートに気軽に気に掛けて
くれたことを感謝したり、普通の会話が出来ないのか。それこそ他の客のように。
他の客と同じ様な扱いが嫌だと思うなら、もっと話して少しでも距離を縮めればいいのに。
いや、別にあんな中年男性なんて興味ない。そんな風に思われても困る。
この気持ちは、単純に、その、気に掛けてもらったことに対して冷たく当たってしまった
ことによる罪悪感であって、別に僕が好意を抱いているとかそんなわけではない。
断じて違う。
仕事も丁度ひと段落着いたし、この前心配してくれたのにあんな態度を取ってしまった
お詫びにディナーでも奢ろうか。いや、ディナーに誘うのが目的じゃない、それは
あくまでも謝罪の延長だ。まずはちゃんとこの前のことを謝って、それでディナーの
誘いだ。
そんなことを考えている内に店の前まで来てしまった。今日は一日ずっとそんなこと
ばかり考えてしまっていたが、なんとか定時には切り上げることができた。
夕方の店内は仕事上がりのOLやこれから残業で気持ちをリセットするためのサラリーマンで
賑わっていた。二つのレジが開いていたが、それでも少し長い行列が出来ていた。
レジにいるおじさんも客と一言二言交わす程度で、客をさばくことを優先している。
今日はコーヒーを飲むことではなく、おじさんと話すことが目的だったから、しばらく
店内の販売用に並べられたコーヒー豆を一つ一つ手にとってみながら時間を潰す。

「気になった商品はあるか?」

耳馴染みのある声に振り返れば、よ!久しぶり、と笑うおじさん。びっくりして一瞬
呼吸が止まって、反応が返せなかった。おじさんはそれを気にとめることもなく話し
続ける。

「これ、俺のおすすめ。ナッツみたいな香ばしい風味があって食事と合うぜ。こっちは
酸味と苦みのバランスよくて軽い口当たりだからゴクゴク飲めるぜ」

なんて返せばいいのか迷ってる内に次々と商品を勧められて、戸惑っているとおじさんが
それに気付いた。

「悪ぃ、お邪魔だったかな・・・」
「あ、いえ、そういう訳じゃなく・・・」

今度はおじさんが困ったような表情を見せたから、慌ててそれを否定する。困らせる
ために来たんじゃなくて、謝り来にたんだ、それを間違えてはいけない。

「あの、この前はすみませんでした。気に掛けてもらったのに、あんな態度取ってしまって・・・」
「こっちの方こそ悪かったな。気味悪ぃよな、ただのコーヒーショップの店員が客の帰り
見てるなんて・・・」
「いえ、嬉しかったんです。気に掛けてもらっていて嬉しかったんですけど・・・その、どう
言えばいいのは分からなくて・・・ごめんなさい」
「そっか、こっちこそごめんな、急に変なこと言ったりして・・・」

互いに謝罪の言葉を口にすると、二人の間に沈黙が流れる。何か口にすれば、また謝られて
しまうような気がして、何も言えなくなってしまう。
だが、その沈黙も別の店員にすぐに破られてしまった。

「鏑木さーん!」
「お、悪ぃ、すぐ戻る」

ごめん、レジ戻らないと、と謝るとこちらが言うより先にカウンターの中へと戻って
しまった。一人残され、手に持ったままのコーヒー豆を見る。おじさんの、おすすめの
コーヒー。買って、みよう、かな。どうしよう。普段は別のコーヒー豆だが、折角だから
試してみようという気持ちになってきた。別におじさんの好きなコーヒー豆だからじゃない。
勧められて、興味が湧いただけだ。おじさんの好きなものだからじゃない。そんな風に
自分にいいわけしていると時間が経っていたのか、レジを見れば、先ほどの列はもう
無くなっていた。コーヒー豆を棚に戻すことなく、レジに向かう。
今日を逃したら、多分もう誘えない。そんな気がしたからそっと深呼吸して、おじさんの
いるレジにコーヒー豆を置いた。

「お、それ買うの?ありがとな」
「えぇ。・・・あの、おじさん、明日遅番ですよ、ね?」
「?あぁ、そうだけど」

明日は金曜日。おじさんは確かお店の締めまで残っていた筈だ。

「この前あんな態度取ってしまって申し訳ないと思っていて・・・それで・・・あの・・・」
「ん?」

スマートにナチュラルに、軽い感じで。でもちゃんと謝罪の意味を込めて。
別に下心も何もあるわけじゃない。本当、ただ、話したいだけだから・・・

「お店、終わってからでいいんで一緒に夕食でもいかがですか?」

驚いたおじさんの目が見開いて、琥珀色の綺麗な瞳がキラキラ輝いていた。

「本当に?」
「冗談で誘うほど僕は暇人じゃありません」

もっと気の利いた言葉を言えばいいのに、僕の口から出る言葉はひねくれた言葉しか
出てこないのが悔やまれる。

「店の締めだと十時半頃になるんだけど」
「それまで待ちますから大丈夫です」
「それはそれで申し訳ないな・・・」

んー、と考えるポーズを取ると、悪ぃちょっと待ってろよ、といって裏に引っ込んで
しまった。レジにコーヒー豆と自分が、ぽつり、と取り残される。だが、直ぐにおじさんが
戻ってきた。先ほどとは打って変わって満面の笑みを浮かべて。

「明日のシフト代わってもらって六時半に上がれるようにしたから!それでもちょっと
待ってもらうことにあるけどいいか?」

急な誘いなのに、無理に予定を合わせてもらってなんだか申し訳ないが、でも誘いを
断られなかったことが嬉しかった。

「分かりました、その程度の待ち時間だったら問題ないです」

必死にポーカーフェイスを繕うとしてもダメだ、口元が緩んでしまいそうになる。
コーヒー豆の会計を済ませるが、レジから離れられない。
落ち着け、落ち着け。この動悸を気付かれちゃいけない。あくまでもスマートに
ナチュラルに、軽い気持ちで誘ったってことにしているんだから。
一緒に食事して、この前のことを詫びて、それ以外に何を話そう。誰彼構わず声を
掛けるのは止めた方がいいって言おう。フレンドリーさが彼の良さかもしれないが
きっと勘違いしてしまって好意を寄せる人間がいるかもしれない。自分以外にも
こうやって食事を誘う人間がいるかもしれない。それはダメだ。おじさんが客の帰りを
心配するのは僕だけでいい。その優しさをやたらに振りまいてはいけない。無自覚で
ライバルを増やされたらこっちはたまったもんじゃない。だが、こんなことを初めての
食事で言い出したらおじさんは困ってしまうかもしれない。どうしよう。まずは日常的な
会話を・・・いや、日常的な会話って何を話せばいいのか分からない。そもそも自分から
食事を誘うなんて行為、初めてだからどう仕切ればいいのか分からない。分からないが
もう誘ってしまったんだ。なら、ちゃんとエスコートしなければ。
誘ってはみたものの、おじさんのことをよく知らないからせめて店だけは彼の好みを
押さえておきたかった。

「お店のリクエストとかありますか?」
「んーあんまり堅苦しい店は好きじゃないかな」

確かこの近くに美味しくて雰囲気がいいと評判のトラットリアがあったから、今晩調べて
予約を取っておくか。

「じゃあ、明日仕事が終わったらお店で待たせてもらってもいいですか?」
「分かった。俺も出来るだけ早く出るようにするから」

用件はすべて伝え終わった。もう、会計も済ませたし、話すこともない。レジを
後にしないとおじさんの迷惑になってしまう。少し寂しいが、今日はここで退散し
明日きちんと話せたらそれでいい。
では、と短く挨拶をしてレジを離れようとした時だった。

「ちなみに土曜はオフだから。せっかく誘ってくれたんだ。最後までめいっぱい
付き合ってもらうぜ!」



そういって悪戯っぽく笑うおじさんに、僕はとうとう恋を自覚せずにはいられなかった。













































2011.07.04 しゅう

近所のシアトル生まれのにくいあんちくしょうなコーヒーショップに素敵な髭のお兄さんがいまして。
その方がユニフォームカラーの白いYシャツ、緑のエプロンで、おまけにすごい気さくな方だったので
迷わず虎徹さんに変換してニヤニヤしてましたごめんなさい楽しかったです。
そういえば、フランスに旅行した際、立ち寄ったこのお店でレジのあんちゃんがなかなか閉まらない
レジにキレたのか蹴り飛ばして閉めたときにはフレンドリーという言葉がゲシュタルト崩壊しましたwww