いつか、
「あのね、虎徹くん。これから交わす約束は何があっても絶対に守ってほしいの」
そう言って一段と細くなった右手の小指をそっと立てて、こちらに向けてくる。
「ね、約束」
「約束ったって…約束の内容まだ聞いてないのに…」
「言う前に約束してほしいの。絶対守るって」
ん、と強く差し出される小指。有無を言わさない雰囲気に、仕方なく覚悟を決めてそっと自分の右手の薬指を絡める。約束を交わすときのお馴染みの歌を、小さいけれど高く透き通った声で歌う。その歌声は出会った少女の頃とほとんど変わらない。懐かしさに、少しだけ涙が出そうになった。
指きった、と歌い終わるとするりと指が解ける。歌声とともにこの拙い儀式が終わり、俺はどんな約束も守らなければならなくなった。
ただ静かに、友恵の約束の内容を待つ。
「あのね、いくつか約束があります。まず一つ目、私がいなくなっても楓を立派な、素敵な女性に育ててください」
「分かった」
「二つ目、どんなことがあっても、私の愛した自分の正義に真っ直ぐなヒーロー、ワイルドタイガーでいて下さい」
「あぁ」
「三つ目。これが一番大事だからね」
その問いかけにしっかりと頷く。どんな約束をふっかけられても守る覚悟はしている。
「あのね…
あのね、私が死んだら一年は私のことを想って喪に服して欲しい。でもその時期が過ぎて、もし…
もし、虎徹くんが心から愛したいと想える人と出会えたら、迷わずその人の手を取って欲しいの」
一瞬、話の内容が飲み込めずに言葉を返すことができなかった。
俺に…愛する人…?友恵以外に…
突然ぶわっと自分の中から恐怖と孤独がこみ上げてくる。
一生寄り添って生きていくと誓ったのに、友恵から突然突き放されたような気がして。友恵の中に、自分がいなくなった後の俺の姿が存在することが。こんなにも友恵のことを愛しているのに、もうすぐ別れの時がやってくることが。そして、こんなにも愛しているのに、いつか自分が友恵以外の誰かを愛してしまう時がきてしまうんじゃないかという罪悪感が。
いろんな言葉が頭を交錯して喉元まで出掛かっているが、でもなんて言えばいいのか見失って、結局何も言葉にできない。だが、友恵の約束を飲み込む訳にはいかなくて、拒絶したくて、必死に首を振る。
無理だ、無理だよ友恵
俺決めたんだよ、ずっと友恵だけを愛して生きていくって。あの日約束したじゃん、死が二人を別つまで一緒にいるって。例え、その言葉通り死が俺たちを裂いたとしても、それでも俺の妻は友恵で、ずっとおまえだけを愛してる。俺の妻で楓の母親は、友恵、お前だけしかいないんだ。だからそんなこと言うなよ。そんな約束守れないよ。なぁ友恵、俺はそんなに頼りなかったかな?ヒーローだから、お前や楓のことだけって訳にもいかなかったけど、それでも俺、お前たちのこと一生懸命愛してきたんだよ。
だから…だから…
ぼろぼろと溢れてくる涙を抑えることもできず、嗚咽で何度もつっかかりながらも、自分の言葉を伝える。しゃっくりの止まらない俺の背を友恵の手が優しくさすってくれた。優しく、小さく相槌を打ちながら最後まで俺の訴えを聞いてくれる。
だが、友恵のその約束に対する覚悟はそんなものでは揺るがなかった。