真っ白な病院の中を、走りたいけど走れなくて、焦る気持ちを抑えきれなくて自然と
早歩きになってしまう。
突然目の前に現れた扉。そっと開けば真っ白な部屋に一つぽつんと置かれたベッド。
そこにトモエがいた。
大好きな、柔らかくて優しい笑顔。
「お父さんですね」
振り返れば白衣を着た看護師さん。その腕には白い布の固まりを抱いていた。
「産まれたよ」
落ち着いた、でも、歓喜に満ち溢れた声に、俺は思わず涙がこぼれそうになった。
「抱っこしますか?」
言われてそっと手を差し伸べる。産まれたての、まだ首の据わっていない、ちょっと
力を入れれば壊れてしまいそうな柔らかく小さな身体をそっと抱きかかえた。
「元気な男の子ですよ」
あれ?楓じゃないの?娘じゃないの?
えーと、じゃ楓の弟?
てっきり楓だと思ってたからまじまじとその赤ん坊を見れば、小さな小さな頭には
うっすらと金色の産毛のような髪が生えていた。
これ家の子じゃありません。
俺もトモエもめちゃ黒髪日系です。
ついでに言うと俺もトモエも親族皆日系だから先祖帰りって訳でもないと思う。
となると、トモエさん浮気ですか。マジかよ。
パニックになった頭で、何か分からないけどとりあえず何かを言おうとして口を
開こうとしたその時だった。
「綺麗な碧眼よ。宝石みたいに澄んだ綺麗な瞳」
それまで閉じていた瞼がゆっくりを開いて、まっすぐこちらを見た。
あぁ、俺、この瞳知ってる。
まるで綿菓子のようにきらきらと輝く金色の髪。
透き通った泉のような碧眼。
整って利発そうな顔立ち。
知ってるよ、お前のこと
「初めまして、バニー」
小さな小さな手が、俺の指先をきゅっと握った。
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はっと、目が覚めた。
視界に広がるのは真っ白な天井。呼吸がうまくできないのは酸素マスクをつけている
からだろう。
苦しさを回避するために、酸素を送り込むリズムに合わせてゆっくりと深呼吸して
呼吸を合わせていく。
あぁ、そっか。俺・・・
周りを見渡そうとして、妙に胸のあたりが重いことに気付いた。
そこには夢の中で出会った赤ん坊が、大人になっていた。
たった3000gの小さな身体が何倍にも大きくなって俺の上に心地よい重さを伝えてくる。
親指にも満たない小さな小さなお手手は今俺の右手を力強く握っている。
24年という歳月を掛け、幾度もの細胞分裂と代謝と成長を繰り返し、腕に抱かれていた
赤ん坊はこんなにも大きく逞しい青年へと育ったのだ。
それが、どれほどのキセキなのか
今のバニーにはまだ上手く理解できないかもしれない。
だって、4歳で両親を失ってからの20年間、彼はずっと復讐のために生きてきたのだ。
当たり前のように、誕生日が来る度に受ける祝福も、両親の背中を見て育つことも
出来ずにいた。
そして、復讐のためなら相手の命を消すことも、その結果自分の命を落とすことも
厭わないような気がする。
違う、バニー違うんだ
大切な人を失った悲しみは分かる。
だけど、お前は復讐するために産まれ、生きてるんじゃない。
お前の両親はお前の幸せを願い、生きるためにお前を生んだんだ。
なんて言えばいいんだろう、この気持ちを
こんな時に自分の無知が悔やまれる。
もっとちゃんと言葉にして、伝えてやりたいこと沢山あるのに。
言葉で伝えられないから、だから俺は俺のやり方で伝えていくしかない。
どんなに拒絶されたって構い倒して、隣に並んで、同じものを見て、共に戦って
誰かが常に自分を想ってくれている、その喜びを俺は教えてやりたいんだ。
そばにいてくれる誰かの命のぬくもりを教えてやりたいんだ。
眠っていたバニーが小さく震えた。
握っていた手が、僅かだが、ぎゅっと力が込められた。
あぁ、もうすぐ目覚める。
夢で見たのと同じ、透き通った宝石のように輝く碧眼が。
2011.06.25 しゅう